上告理由書 |
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平成17年(ネオ)第40号雇用関係確認等請求上告事件
上告人 徳見康子
被上告人 横浜市学校保健会
上告理由書
平成17年3月25日
最高裁判所 御中
上告人訴訟代理人 弁護士 新 美 隆
同 森 田 明
同 千木良 正
同 竹 下 義 樹
同 野 村 茂 樹
同 黒 嵜 隆
同 池 田 直 樹
同 菊 地 哲 也
同 清 水 建 夫
同 西 村 武 彦
第1 上告理由の要点
原判決の判断は、憲法14条、13条及び27条に違反する(上告理由第1点)。また、理由不備の違法がある(上告理由第2点)。よって、原判決を破棄の上、自判により上告人の請求を認容するか、差し戻して審理を尽くすべきである。
原判決については、上告人や上告人代理人が予想しなかったほど、多くのマスコミが取り上げた。【次頁参照】 また、上告人のもとには多くの激励が寄せられている。
このように障害者の雇用についての社会の関心が高まっている今日、障害者の解雇を制限する法理を最高裁判所が憲法解釈に立脚して明確に示すべきであり、上告審において積極的な審理をされるよう求める。
第2 上告理由第1点 本件解雇は障害を理由とする差別であり、法の下の平等に違反し(憲法14条違反)、また、障害者の幸福追求権(憲法13条違反)及び勤労の権利(憲法27条違反)を侵害するものであって、違憲無効である。
1 違憲判断の対象
原判決は、本件解雇を合法と判断するにあたり、障害者の解雇の可否の判断に当たり、身体の状況の確認、通勤の可能性、就労環境の整備及び負担軽減の方策について検討すべきであるという上告人の主張を、「解雇の要件に独自の観点から新たな要件を付与するものであって相当でない」として排斥し(6頁)、こうした検討を抜きに被上告人の「勤務条件に関する規程」3条3項2号の「心身の故障のため、職務の遂行に支障があり、又はこれに堪えない場合」に該当する以上、解雇は合法であるとする。
被上告人も同様の解釈から本件解雇処分をなしたものであるが、以下に述べるように、障害者の解雇に当たり就労環境の整備等の合理的な配慮をする義務を否定することは憲法14条、13条、27条に違反する。
この場合、「違憲」と判断されるべきものとしては、@環境整備義務を明示せずに「心身の故障のため、職務の遂行に支障があり、又はこれに堪えない場合」にはただちに解雇できるかのように規定する被上告人の「勤務条件に関する規程」3条3項2号の規定そのものと、A環境整備義務について検討せずに解雇できるという解釈に基づきなされた本件解雇処分の双方が考えられる。しかし、この規程そのものは合理的な限定解釈が可能であることから、Aの本件解雇という具体的な処分についての違憲を主張するものである。
2 憲法14条、13条、27条違反の主張
(1)障害者の人権享有主体性
まず、日本国憲法11条は、「国民は、すべての基本的人権の享有を妨げられない。この憲法が国民に保障する基本的人権は、犯すことのできない永久の権利として、現在及び将来の国民に与へられる」と規定して、基本的人権の普遍性、不可侵性、永久性、固有性という根本的性格を宣言している。
このように、基本的人権は、人が人であることに基づいて当然に有する権利で、一定の身分や人種や性別を前提として享受しうるものではなく、人間本来の権利として存在するものであるから、障害者であっても当然基本的人権を有することは明らかである。
しかし、現実には、障害者は、人権主体としてではなく、いわゆる健常者とは差別され、別のカテゴリーでとらえられる差別の法体系を前提にし、無差別に、社会的隔離、社会的選別、社会的統合などの処遇を受け続けてきた。
このような状態の中で、自由権がすべての人間に保障されていると言ったとしても、自由権を現実的に行使する手段を障害者に確保しない限り、まったく意味のないことになるのである。
そこで、障害者にとっては、社会的弱者に国家が援助を与える社会権の保障と法の下の平等における実質的平等の保障が重要な意味をもつのである。
(2)上告人と被上告人との間における憲法適用について
憲法の人権規定が私人相互間の法律関係にもその効力を及ぼしうるかという法律上の論点があり、直接適用説、間接適用説などの諸説が存在するが、本件では、上告人と被上告人との間の法律関係に人権規定が及ぶことは当然というべきである。
即ち、被上告人は実質的には明らかに横浜市教育委員会の外郭団体であり、う歯予防事業や結核検診等の業務を教育委員会から委託を受けて学校歯科保健事業を特別事業として運営するなど、実質的には横浜市教育委員会の一部門として、その運営が市教育委員会の教育行政の中に組み込まれているのであり、それ以外に固有の業務はない。そして、被上告人に雇用される職員の勤務条件についても、「横浜市学校保健会職員の任免・給与勤務時間その他の勤務条件に関する規定」に定められた以外は、すべて横浜市の一般職職員についての定めが準用されている(甲1)。また、財政的には全面的に横浜市に依存している。(長島・7回3〜8頁)
したがって、被上告人は純粋な私人ではなく横浜市に準じて考えることができることから、憲法の人権規定を直接適用ないし準用することができるのである。
(3)憲法14条の法の下の平等と実質的平等
憲法14条で保障された法の下の平等の意味内容については、社会国家の狙いが人間を実質的に尊重することであることからすれば、そこで要請される平等は、単なる形式的平等ではなく、社会国家理念に則し、実質的平等でなければならない。すなわち、人の事実上の差異を考慮して、事実上劣位にある者のため国の積極的行為により結果の平等を図ることが求められるのである。特に、前述のような障害者に対する差別的処遇の歴史からすれば、障害者に対しては国の積極的行為による実質的な平等が強く望まれるのである。
障害者に対しては、憲法14条の法解釈として、国の積極的行為による実質的平等を含むべきであることは、障害者の権利に関する国際的保障の動向及び国内法への影響から見ても明らかである。
(4)障害者の権利の国際的保障
@国際的状況
障害者の権利の国際的保障については、1975年の第30回国連総会で「障害者の権利宣言」が決議され、「障害者はその人間としての尊厳が尊重される生得の権利を有している」(3条)とされるとともに、障害者の人権と障害者問題に関する指針が示されたのである。翌1976年の第31回国連総会で、国際障害者年(1981年)の設定が決議され、その後、特別に設けられた国際障害者諮問委員会の勧告した「国際障害者年行動計画」が1979年の第34回国連総会において承認された。この計画によると、国際障害者年の目的は、「障害者がそれぞれの住んでいる社会において社会生活と社会の発展における『完全参加』並びに彼らの社会の他の市民と同じ生活条件及び社会的・経済的発展によって生み出された生活条件の改善における平等な配分を意味する『平等』という目標の実現を推進することにある」。即ち、「完全参加と平等」が国際障害者年の目標テーマとされたのである。
また、国連の「経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約」(A規約。以下、国連A規約という)6条1項は、「この規約の締結国は、労働の権利を認めるものとし、この権利を保障するために適当な措置をとる。この権利には、すべての者が自由に選択し又は承諾する労働によって生計を立てる機会を得る権利を含む」と規定している。
また、「障害者の権利宣言」6項は、「障害者は、補装具を含む医学的、心理学的及び機能的治療、並びに医学的・社会的リハビリテーション、教育、職業教育、訓練リハビリテーション、介助、カウンセリング、職業あっ旋及びその他障害者の能力と技能を最大限に開発でき、社会統合又は再統合する過程を促進するようなサービスを受ける権利を有する」と規定し、同7項は、「障害者は、経済的社会的保障を受け、相当の生活水準を保つ権利を有する。障害者は、その能力に従い、保障を受け、雇用され、または有益で生産的かつ報酬を受ける職業に従事し、労働組合に参加する権利を有する」と規定している。
さらに、「障害者の機会均等化に関する基準規則」の規則7項(雇用)は、「政府は障害をもつ人が、その人権をとくに雇用分野で行使するために力を与えられなければならないという原則を認識すべきである。・・・1.雇用分野での法と規則は障害を持つ人を差別してはならず、その雇用への障壁を築いてはならない」と規定している。
そして、1994年の「社会権規約委員会の一般的意見第5号」の差別の定義(第15パラグラフ)においては、障害者に対する合理的配慮を否定することは差別であると定義付けられているのである。
このように、国際社会においては、障害者が現実的に自由権を行使するために、障害者に対する実質的平等を求め、実質的平等を図るための合理的配慮を否定することは、障害者に対する差別であると理解されているのである。
なお、2001年12月の国連総会決議以降、障害者の権利条約の策定過程が勧められているが、2004年1月27日に発表された「障害のある人の権利及び尊厳の保護及び促進に関する包括的かつ総合的な国際条約草案」の第7条4項において「障害のある人に対して平等の権利を確保するため、締約国は、障害のある人がすべての人権及び基本的自由を平等な立場で享有し及び行使することを保障するための必要かつ適当な変更及び調整と定義される合理的配慮を提供するためのすべての適当な措置(立法措置を含む)をとることを約束する。」と規定し、合理的配慮を提供することを要求しているのである。
A国際法の国内法的意味
憲法97条2項は、「日本国が締結した条約及び確立された国際法規は、これを誠実に遵守することを必要とする」と規定している。これにより、条約は国内法的効力が認められると考えられているし、当然、憲法や国内法規の規定の解釈においても、条約及び国際法規の趣旨を尊重して行わなければならないものである。
日本国憲法が国際協調主義を採用していることもあわせ鑑みれば、前項に規定した障害者の権利に関する国際的保障は、わが国の憲法や国内法規の規定の解釈においてもこれらを反映させて考えなければならないものである。
したがって、憲法14条1項の規定の解釈においても、障害者が現実的に自由権を行使するために、障害者に対する実質的平等を求め、実質的平等を図るための合理的配慮を否定することは、障害者に対する差別であると考えられる。
(5)日本国内への影響
このような国際的な情勢を受け、日本でも、国際障害者年の事業を推進するため、様々な障害者に対する権利保障の規定を設けてきた。
具体的には、1980年に内閣総理大臣を本部長とする国際障害者年推進本部を設置し、1981年に国際障害者年の事業を実施した。その後、同本部は、1982年に以後の障害者対策を方向付ける「障害者対策に関する長期計画」を決定した。さらに、国連が1983年から1992年までの期間を「国連・障害者の10年」としたことに基づき、日本では次のような施策が行われた。
@第3セクター方式による重度障害者雇用企業の育成(1983年)、A「完全参加と平等」の理念を盛り込んだ身体障害者福祉法の改正(1984年)、B障害基礎年金制度を創設した国民年金法等の改正(1985年)、C身体障害者雇用促進法の障害者の雇用の促進等に関する法律への改正(1987年)、D精神衛生法の精神保健法への改正(1987年)、E国立筑波技術短期大学の開設(1990年)、F身体障害者福祉法等の改正(1990年)、G障害者職業総合センターの開設(1991年)、H社会福祉事業法等の改正(1992年)、IILO第159号条約(職業リハビリテーション及び雇用〔障害者〕に関する条約の批准(1992年)。
そして、1993年には、心身障害者対策法が改正されて、障害者基本法が成立した。法律の題名が障害者基本法に改められたのは、全障害者のための基本的な法律であることを端的に表現したかったことに加えて、単なる「対策法」ではなく、もっと広く「人権」を内包する法律であることを率直に表すためであると理解されている。
このように、日本国内においても、障害者が現実的に自由権を行使するために、障害者に対する実質的平等を基本的人権として保障しているのである。このような国際的な情勢や国内における法施策の整備は、当然憲法14条1項の解釈にも影響を及ぼすこととなる。
すなわち、憲法14条1項が、障害者に対する実質的平等を意味し、実質的平等を図るための合理的配慮を否定することは、障害者に対する差別であるといわねばならない。
(6)障害者の雇用の権利における実質的平等
憲法13条は、障害者を含むすべての国民の幸福追求権を保障しているが、労働が、人間の尊厳にふさわしい生活をするために必要な手段であると共に、人格的生存に不可欠なものであることからすれば、雇用の権利は幸福追求権として憲法13条で保障される。
また、憲法27条も、障害者を含むすべての国民に対し、労働の機会の提供を要求する権利を保障している。
したがって、障害者に雇用の権利が保障されることは、憲法13条及び憲法27条から明らかである。
しかし、障害者が一般雇用の場に就き、これを継続し、そしてそこにおいて向上して行くにあたっては、障害をもたない者の場合とは異なって、それぞれの段階において様々なハンディキャップ、バリアが存在しているということを見落とすことはできない。
したがって、障害者が、障害を持たない者と同等に雇用の機会の平等を享受していくためには、その前提として、そうしたハンディキャップ等を埋めるための合理的な配慮による措置を講じることが不可欠である。即ち、障害者に対して、憲法13条及び憲法27条による雇用の権利を実質的に保障するためには、障害者に対する合理的配慮による措置を講じなければならないのである。
この点について、ILO159号条約4条は「障害者である労働者と他の労働者との間の機会および待遇の実効的な均等を図るための特別な積極的措置は、他の労働者を差別するものとみなしてはならない」と規定しており、このような積極的措置は決して不当な取り扱いとなるのではない。むしろ、障害者基本法5条、16条、障害者の雇用の促進等に関する法律5条、37条等の法令からも、必要な積極的措置を講じないこと自体が、雇用の権利を侵害していることになるのである。
(7)横浜市の「基本方針」
横浜市は昭和56年7月、「横浜市職員への身体障害者雇用について―基本方針―」(甲50、以下「基本方針」という。)を策定した。
基本方針は、横浜市職員の採用にあたり、「働く意志と能力のある身体障害者に就労の途を開」こうとするものであり、自力通勤、自力勤務を要件としつつも、「適職の拡大を図るため、各職場での理解と協力のもとに、職務内容等の検討を行い、障害者個々の特性にあった職務・職場の確保に努める。」「障害を有する職員の勤務しやすい職場環境を確保するため、必要に応じ施設・設備等の改善に努める。」等の方針が示され、さらには「この基本方針に準じて、本市外郭団体等関係機関についても身体障害者雇用促進に協力を要請する。」としている。横浜市の「外郭団体等関係機関」にあたる被上告人についても、この基本方針が適用されることは当然である。
この基本方針は、国際障害者年を契機に昭和56年7月に策定され、以後、横浜市及び同市関係機関の障害者の雇用についての指針とされてきたものである。本件解雇の是非についても、この基本方針が判断基準となるべきである。換言すれば、上記の障害者雇用についての憲法上の要請は、この基本方針を通じて、被上告人に対し、具体的な規範となっているのである。
(8)まとめ
このように、被上告人が、上告人の雇用継続についての合理的配慮、すなわち就労環境の整備義務を否定し、上告人を解雇したことは、憲法14条、13条、27条に違反するものである。
3 上告人の就労可能性
就労環境整備義務の存在を前提とすれば、上告人の就労は十分可能であった。このことは既に主張立証を尽くしているが、念のために簡潔に述べる。
原判決及び一審判決は、合理的配慮義務を認めない前提で労働能力を評価した結果として、業務遂行が困難であると判断している。しかし、もともと上告人が就労を継続するために求めている合理的配慮は被上告人にさしたる負担を課するものではない。
(1) 通勤通勤については、一審、原審とも問題にしていないが、念のため述べる。
上告人が独力でも通勤可能であることは甲29のビデオテープから明らかである。【次頁参照 なお、これは証拠のビデオの要点であり、説明文は証拠説明書の記載である。】
すなわち、電動車椅子で地下鉄を利用することにより、多数の学校を訪問することが可能である(甲31地図等)。また、介助者が自動車で送迎することにより市内のどこにでも訪問可能となる。なお上告人は、介助者の費用の負担は要求していない。
学校の設備についても、施設改善が進んでいる(甲84ないし86)。解雇当時、市内全校の約3分の1にスロープ・エレベータがあった。そもそも学校は、対外的な行事や選挙の投票所になる場合などに高齢者障害者を含む地域の住民が出入りすることを想定している施設であり、車椅子利用者であるから出入りができないということはあってはならないのである。(詳しくは 一審原告最終準備書面8〜9頁)
(2) 勤務(歯科巡回指導)
@歯口清掃検査
歯科衛生士と児童の双方が立った状態で、歯科衛生士が中腰で検査することを前提とするために困難に見えるに過ぎない。車椅子で検査するのであれば、そもそも中腰の姿勢をとることはないし、児童が横になった位置で上から覗き込むようにするやり方であれば、上告人はひじを上げずにすむので負担は少なく、可能である。これは歯科医師などでは当たり前のこととして行っていることであり、学校現場においても、児童が横になれる場所を用意すればすむことである。また、これを左右に二つ用意して交互に行えば、速度としてもひけを取らない。【次頁参照 これも証拠のビデオの要点であり、説明文は証拠説明書の記載である。】
そうでないとしても、椅子を使って、双方が座って検査をすれば十分可能であり(甲51、92ビデオテープ、甲18、39ないし40)、これは上告人が頚肩腕障害になった後、実際に行っていたやり方である。
また、車椅子のままで高さを変えられるいわゆる3次元車椅子も開発されていた(甲12,24,49 これらは最近のものであるが、当時から同種のものは販売されていた。)。【次頁参照】 貸し出しも可能であり(甲28)、上告人としては、借りるなり自分で買うなりするつもりであったから、被上告人には経済的負担はかからない。
原判決は、「児童を座らせたり、被控訴人が高い位置に座るなどの方法は、児童や控訴人の介護者に大きな負担を与え、かつ効率性を減殺させるものであって、限られた予算の中で多人数かつ多様な児童を短時間のうちに的確に行わなければならない小学校の歯口清掃検査の遂行に支障があることは明らか」という(5頁)。しかし、原判決は何か誤解をしているのではないか。被検査者を座らせて集団的検診をすることは何ら珍しいことではない(甲18,39,40)。【次頁参照】 甲51及び甲92のビデオによれば、少しの工夫でさしたる困難もなく迅速に検査業務をこなすことができており、児童やいわんや介護者に大きな負担を与えたり効率性を減殺させてなどいないのである。是非ビデオを精査していただきたい。(なお、一審原告最終準備書面9から10頁)
ちなみに、横浜市は他の都市に比べて歯科衛生士一人当たりの検査実施児童生徒数が異常に多い。乙38 3頁によれば、平成12年度で31,811人であり、これは、それに次ぐ千葉市の6,486人、横須賀市の5,328人と比べてもかけ離れている。上告人は、このような条件下でも就労は可能であるが、そもそも増員等によりこのような異常な状態を早急に解消することこそが必要であり、異常な業務内容を前提に論ずること自体が不見識といわざるを得ない。
A歯科保健指導
歯科保健指導については1審判決、原判決とも特に言及していないし、業務の性格上、さしたる困難はない。すなわち、せいぜい模型などを置く台を用意するなど、腕を上げ続けずに済むような物を用意すれば足りる。オーバーヘッドプロジェクターなどの活用でも対応可能であった。(一審原告最終準備書面10頁)
(3) 予算上の制約は問題にならない
被上告人の業務にかかる費用は実際には横浜市が負担するのであり、横浜市自身上記基本方針に従う義務があるのだから、就労環境整備にかかる費用は横浜市から支払いを受けることができる。また、必要な費用が多額になるとは考えがたいことからも、予算上の制約は問題とならない。
4 結論
以上のように、本件解雇は、障害者の解雇にあたって必要とされる合理的配慮である就労環境の整備の義務を怠った結果なされたものであり、違憲違法であって、これを容認する原判決は破棄を免れない。
第3 上告理由第2点 原判決には理由不備ないし審理不尽の違法がある
1 就労環境整備の負担が過重であるという点についての理由不備原判決は、障害者解雇に際しての就労環境整備義務を一般論としては否定しておきながら、他方で、「控訴人の主張する就労環境の整備や負担軽減の方策は、・・・社会通念上、使用者の障害者への配慮義務を超えた人的負担ないし経済的負担を求めるものと評せざるを得ない」とする。これは、環境整備義務という言い方をしないまでも、常識的に対応可能な環境整備は当然すべきであるという前提に立っていると思われる。これは実質的には就労環境整備義務を部分的に取り入れて判断すべきとの立場をとったものと理解できる。
しかし、原判決は、何をもって、「社会通念上、使用者の障害者への配慮義務を超えた人的負担ないし経済的負担」と言うのかについてはなんら明らかにしていない。これは、結論を述べるのみで根拠となる事実を指摘しない、理由不備の判断といわざるを得ない。本書面「第2 3」において述べたように、本件では「障害者への配慮義務を超えた人的負担ないし経済的負担」などは到底考えられないところである。この点について理由を述べず、また審理を尽くしていない原判決は、理由不備ないし審理不尽の違法があると言わざるを得ない。
2 控訴人の労働能力についての理由不備
(1)そもそも上告人の身体能力についての判断根拠が乏しく、実質的には示されていない。この点についても、理由不備、審理不尽の違法がある。
(2)一審判決は「原告の身体,特に左上肢には麻痺(不完全麻痺)があり,左上肢の上下動等の動作自体は可能であったものの,左上肢,中でも左手の動きを自己の意思で確実にコントロールすることは困難な状態にあり,左手で微細な動作を的確に行うことはできなかった」(21頁)と認定し、原判決もこれを支持している。これが就労不能と判断する根拠になっているが、これを基礎付ける証拠は、長島証人の証言と、上告人(原告)本人尋問の結果である。しかし、本人尋問の内容は次のようなものであった。(原告 8回34〜35頁)
「(原告) 最初は左手は震えないんですが,繰り返しずうっとやっていると,肩よりかなり,肩程度だったり,宙に上げ続けていると,力不足で左手が実はその当時から,今もそうなんですが,左手が震えてしまいます。仕事上はそういう状態です。つまり、肩の位置まで繰り返し長時間左手を宙に上げ続けていれば左手が震える、しかし手を下げた状態で行なえばそのようなことはないので、長時間高い位置で宙にあげ続けるようなやり方でない工夫をすればできる、(だから仕事上の工夫をしたい)と述べているのである。そのような状態(工夫すれば仕事はできる状態)が「当時から、今も」存在する、ということである。これを曲解して、業務を行なう能力がないことを自認しているかのごとく取り上げたのである。
(原告代理人)あなたとしては長く左手を上げた状態だと震えてくるから,そうならないようないろいろな仕事上の工夫をしたいということを言っていたわけですね,その当時から。
(原告)そうです。
(原告代理人) 乙第39号証の長島さんの陳述書の5ページの一番下の2行なんですが,「この当時の 徳見さんの左手の状態として,左手が震えてしまい,仕事をするにも力が不足していると述べました。」これはまあ必ずしも正確ではないんだけれども,まあ徳見さんが言っていることとしては,それに近かったわけですね。
(原告)手を上げていれば,こういう状態になると。下げていれば別でございます。」
「(原告代理人)その点(左手が全く動かない状態であるという長島証言)については、杉井先生はどう言っていらっしゃいましたか。すなわち、左手が全く動かない、という長島証言を否定する趣旨で少なくとも9グキロラムないしは13キログラムの握力はある、と述べたことを不正確に理解し、かつこれを逆手にとって、動作能力が欠如しているかのように決め付けているのである。一審判決は、 「左手の動きを自己の意思で確実にコントロールすることは困難な状態」であったとし(21から22頁)、原判決もこれを維持している。しかし、上告人が述べたのは、繰り返し長時間肘を肩より高く宙に浮かした状態を続けた場合であって、このような動作をすれば格別障害のない人でも程度の差はあれ疲労感やしびれを感じてもおかしくない。
(原告)ええっ、何でそんなことをという、びっくりされた感じで。徳見さんの腕が動かないという認識はないと。実際にその当時のカルテを御覧になりました。認識そのものがない中で、更にカルテを見たら、やっぱりちゃんと書いてあるわ、左手の握力は9。
(原告代理人)9キログラム。
(原告)はい、9キログラムないしは13キログラム。症状固定しているから大体その範囲ぐらいで力はあるという。それを全く動かないというふうに勘違いされたのはちょっとわかりません、とびっくりされていました。」
以上