徳見康子は、06年5月2日に横浜を発って、車で九州・奄美大島、そして沖縄・沖永良部島などへ行ってきました。
 沖縄には2週間ほど滞在しましたが、その間、社会臨床学会に出席し、障労代表の加藤彰彦さんに久しぶりにお会いしました。
 6月 11日まで、41日間の旅の詳細を、順次掲載します。
 すけっと日誌




 







 出版のほうが、一段落して、やっとホームページにかかることができました。沖縄の記録をボチボチとアップしています。でも、次々とやることがあって、いつ終わることやら……?! 
 
 新美隆弁護士・死去
 「障労裁判」の新美弁護士が、12月20日(06年)に亡くなりました。
 徳見の解雇問題を「働けない労働者が解雇されても、裁判では勝てない」という理由で、引き受けてくれる弁護士がいない中で、やっと解雇5年目にして、新美弁護士が「これこそ裁判をすべき」として引き受けてくれたのであった。
 結果的に、裁判は敗訴したけれど、この裁判を通して、障害者の労働と差別のさまざまな問題が、あぶり出されてきた。「裁判をやって良かった」と、新美弁護士には、感謝の念でいっぱいである。
 人権・差別の問題を追求し続けてきた新美弁護士には、まだまだやってほしいことがいくらでもあった。ほんとうに大切な人を亡くしてしまった。
 追悼・新美隆弁護士

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初めて精神病院に入院したのは1970年17歳のとき
病名はうつ病 障害年金2級受給中
20代後半で全国「精神病」者集団と出会い、全国「精神病」者集団会員となる。
「精神病」者の政治闘争としては83年精神衛生実態調査阻止闘争が初参加


沖電気の門前で
ギターを「武器」として闘っている
田中哲朗さん

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