(原告)準備書面1

平成16年9月30日
東京高等裁判所第5民事部 御中

1 原判決の認める解雇理由が失当であること
(1)原判決は、次の理由で解雇を有効とした(原判決21から24頁)。
「原告の身体,特に左上肢には麻痺(不完全麻痺)があり,左上肢の上下動等の動作自体は可能であったものの,左上肢,中でも左手の動きを自己の意思で確実にコントロールすることは困難な状態にあり,左手で微細な動作を的確に行うことはできなかった」ため、歯口清掃検査のために必要な動作(歯を覆っている唇をめくったり押し下げたりし,口の周りの肉を押し広げるなどして歯をむき出しにした上で,歯,歯茎等,口腔内の状況をチェックすること,歯科衛生士が指にサックを付け,一人検査するごとに,付近に置いたアルコール綿で指先を消毒すること、綿棒を用いて唇を持ち上げるなどし,歯の表面をぬぐって歯の状態を検査するなど)を行うには堪えられなかったことは明らかである、とした。
(2)しかし、これらの理由があたらないことは、原審で提出した甲51のビデオに加え、前回取調べを行った甲92のビデオにより、明らかになった。
すなわち、控訴人は、集団指導については、集団指導用の道具を工夫して長時間にわたり左手を高く掲げている動作を避けるようにすれば、集団指導が可能であることがわかる(甲92 00.00から02.10までの場面)。
そして、原判決がもっとも問題とした歯口清掃検査についても、控訴人は甲92 02.10以降の場面ではあえて綿棒を用いる検査を行っているが、これを十分こなしている。そもそも綿棒を扱うのは右手であり、綿棒の扱い自体についての支障はない。また、控訴人は左手で、児童の上あご、下あごを支えたり、唇を広げたりしている。児童に指示して自分で唇を広げさせたり手鏡を使わせることも可能である。
5歳児と7歳児に対して交互に検査を行っているが、座高の違いにも対応しており、ビデオにある場面だけで5回にわたり連続して行っているが、検査能力がおちることもない。
さらに、消毒用アルコール面を使って手指の消毒をすることも可能である(甲92 09.00から09.52の場面)。
こうした動作が長時間可能であることは、両手を使った楽器演奏を長時間行っていることからも明らかである(甲92 09.52以降)。
(3)これらの事実からすれば、原告は、少なくとも業務に必要な範囲で「左上肢,中でも左手の動きを自己の意思で確実にコントロールすること」は可能であり、「左手で微細な動作を的確に行うこと」も十分可能であった。
具体的には、「 歯口清掃検査のために,歯を覆っている唇をめくったり押し下げたりし,口の周りの肉を押し広げるなどして歯をむき出しにした上で,歯,歯茎等,口腔内の状況をチェックし」「歯科衛生士が指にサックを付け,一人検査するごとに,付近に置いたアルコール綿で指先を消毒しながら直接検査対象児童の唇に触れ」たり、「綿棒を用いて唇を持ち上げるなどし,歯の表面をぬぐって歯の状態を検査」することも可能である。そして、「児童の口唇部分は柔らかく傷つきやすいものと考えられるから,検査に当たる歯科衛生士は,児童の口唇に傷を付けたり,児童に不必要な痛みを与えたりしないことが強く求められるほか,唇という部位の性質上,これを触れられる当該児童ができる限り不快感を覚えないように配慮する」ことも十分できているし、「衛生上の観点から,指先を確実に消毒してから次の児童の検査に着手」すること、「綿棒を使用する場合には,細く軽い綿棒を確実に持って動かし,必要な位置にこれを動かす」ことも可能なのである。
したがって、原告が,「本件解雇当時,歯口清掃検査を行うことができない状態にあった」とはいえず、「勤務条件規程3条3項2号「心身の故障のため,職務の遂行に支障があり,又はこれに堪えない場合」に該当していたもの」とは到底いえないのである。
(4)なお、控訴人のこうした能力は、解雇当時から変更はない。原判決も解雇当時と現在とで控訴人の能力に変化はないことを前提に判断している。現状はこうだとしても、解雇当時は異なる、というのであればそれは被控訴人が具体的に主張立証すべきことである。解雇前の被控訴人の考え方は「車椅子である以上、解雇するのは当然」ということであって、控訴人に業務の動作をやらせてその能力を判断するということは全くされていないのである。

2 業務起因性の障害であることについて
(1)中途障害の原因が業務上のものであれば、解雇は制限されるべきであり、控訴人は原審において、控訴人が障害者になったのは、被控訴人の職員としての過重な勤務に基づくものであり、その原告を解雇するのは権利濫用であると主張し、また解雇無効の判断要素の一つとして、控訴人はもともと職業病に起因する中途障害者であることを指摘した。
 これに対し、原判決は、「この主張に沿う事実を認めるに足る証拠は見当たらない」(25頁)として認めていない。しかし、少なくとも、業務上認定がされていることについては争いはない(答弁書5頁)のであり、それを無視することはきわめて不公正な事実認定である。
この点について被控訴人は、「被控訴人は控訴人が何らかの疾病名につき労働基準監督署長により業務上認定されたことを認めるとしたにすぎず、その認定日及び認定された疾病名などの詳細は不知としているのであって、被控訴人が現在負っている障害が業務上認定されていることを認めたわけでもなければ、そのような事実もない」という(平成16年8月2日付け被控訴人準備書面4頁)。
 しかし、被控訴人がいつ、いかなる疾病名で労災認定されたかを不知とするのはありえない無責任な答弁である。
(2)被控訴人もさすがにそれだけではすまないと考えたか、「業務上認定を受けたのは、『頚肩腕症候群』についてであり、それと本件免職時に控訴人が負っていた『頚椎症性脊髄症』の障害とは関係がない」(被控訴人準備書面4頁)と主張するに至った。
 しかし、もともと頚肩腕症候群は頸肩腕痛を訴えるものをさす広い概念であり、本来厳密な診断名ではなく、「診断が確定次第それぞれの疾患名を与える」ものである。そのような意味で当初頚肩腕症候群とされたものについて頚椎症性脊髄症と診断されることがある(甲93)のであり、両者は全く別の病気だというわけではない。症状自体は共通なのである。本件についても、頚肩腕症候群とは全く別の症状があらわれて頚椎性脊髄症と診断されたものではない。また、リハビリ中の事故により車椅子生活になった事実はあるが、これももとの病気と無関係であったわけではなく、少なくとも条件的な因果関係はある。
もともと控訴人の主張は、現在の症状すべてが労災によるものであるから解雇は許されないというのではなく、労災に起因する要素がある以上、それを解雇権濫用の判断要素の一つとして考慮すべきであるということであり、そのことを否定する理由はない。
(3)また、控訴人の労災認定を機に、労働基準監督署が被告に対して業務内容の改善を口頭で指導するに至った。すなわち検査業務の対象の人数を午前中500人以下に抑えるよう指導した(原告本人・主尋問8〜9頁)。被控訴人の業務内容は誰にとっても過大な負担となるものであった。
 被控訴人は、明らかに負担過重の業務のために障害者となった控訴人の原職復帰についても、職場環境の改善を全く考慮することなく、障害者にはできない業務内容である、として解雇したのである。業務改善を怠ってきたために障害者を生じさせ、障害者であることを理由に職場から放逐するという被控訴人のやり方は、公的団体であるにもかかわらず、労働者の健康に働く権利、障害者の働く権利をともに否定するものといわざるをえず、この点をも解雇権濫用の判断要素とすべきである。

3 被控訴人準備書面(控訴審第2回)に対する反論
(1) 同準備書面1について
 被控訴人は、甲92は本件解雇当時の状況を明らかにするものではない、という。
 上述のように、原判決は当時も現在も能力の変化はないと認定しているし、もし異なるというなら、どこがどう異なるのか、すなわち本件解雇当時の能力がどうであるというのか、被控訴人において具体的に主張立証すべきである。原審で被控訴人は、解雇当時原告の左手は全く動かなかったなどという驚くべき主張をしたがこれは原判決において明確に否定されている。この主張をまた持ち出すのであろうか。
(2) 同2について
 争う。甲92から職務の遂行に支障があるとは到底言いがたい。
(3) 同3について
 甲92では、控訴人は丁寧にいろいろな話(指導)をしているために時間をかけているが、技術的に短時間でできないわけではない。検査自体は十数秒もあれば可能であることは甲92をよく見れば明らかである。
(4) 同4について
 ここで、被控訴人は「児童のほうを着席さることはほとんどない」としているが、これは歯科衛生士が座って行うことはあること、児童を着席させることもまれにはあることを認めたものと解される。実際にはいずれもそう珍しいことではないし、歯科衛生士が車椅子であればそのようにして何らおかしなことはない。「即座に口腔内が見えるような位置を確保する」こともできていることは甲92から明らかである。
 なお、乙70〜72は、身長のばらつきを立証する趣旨のようであるが、乙70は学年ないし性別の平均値であって、さしたる意味はなく、乙71,72の身長差も検査を困難にするほどのものではなく、座って行えば座高の差となり、これは身長差の半分以下となろう。
 甲92の検査の対象となった2児も相当の身長差あるが支障なく行っている。
(5) 同5について
 「身体を斜めにしながら」検査を行っているとの趣旨は明らかではないが、控訴人としては無理な姿勢で検査をしているものではなく、大人数の検査も可能である。大人数のこどもを集めて検査する準備が物理的にできなかっただけであり、控訴人としては、被控訴人が場を用意していただけるのであればやってみることに異存はない。
(6) 同6について
 消毒動作も十分可能であることは甲92から明らかである。
(7) 同7について
 争う。
 被控訴人は、甲92によっても控訴の理由がないことは明らかである、などというが、被控訴人の主張は、甲92にある事実を事実として認めて検証しようとすることなく、一方的に控訴人の能力を否定してかかっている。これは、まさに本件解雇当時被控訴人が取っていた態度と同じである。
 そして、あくまで現在の通常の業務をそのまま行いうるかを基準としている。障害者の雇用については、その障害の状況に応じた対応をすべきであり、そのような観点からすれば、被控訴人の主張が失当であることは明らかである。
以上

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