(被告)最終準備書面

平成12年(ワ)第2100号
原 告 徳 見 康 子
被 告 横浜市学校保健会
平成15年10月2日

準備書面

横浜地方裁判所 第7民事部合議係 御中

被告訴訟代理人 弁護士 金子泰輔

第1 被告の組織概要
 被告の組織概要については,既に答弁書(8頁以下)で述べたとおりであるが,再説すれば以下のとおりである。
1 被告の組織及び目的
 被告は,昭和32年に結成され,その規約(甲4号証)は昭和34年7月に制定された。
 被告は,その組織及び目的につき,「横浜市立学校の保健に関するものをもって組織し,学校保健関係団体と協力し,学校保健の向上に資することを目的とする」と定めている(乙1号証・規約第2条)。
2 人的構成
(1) 被告の役員構成は以下のとおりである。
 @会長 1名
 A副会長 若干名
 B理事 若干名
 C監事 若干名
(2) 理事は,各部会,各支部,横浜市教育委員会事務局より選出し,代議員会の承認を求める。
 なお,会長,副会長,部会長及び支部長は就任と同時に理事となる。
また常務理事は,横浜市教育委員会事務局学校保健課長をあてる。
(3) 代議員会
  代議員は,後記各支部および部会から3名あて(但し校長部会は6名)選出する。
(4) 部会
被告には,以下の部会が置かれている。
学校医部会,学校眼科医部会,学校耳鼻咽喉科医部会,学校歯科医部会,
学校薬剤師部会,校長部会,養護教諭部会,PTA部会
(5) 支部
被告には,横浜市内の各区および高等学校に支部が置かれている。
3 職員構成,内容,人数
(1) 被告が雇用する職員は,大別すると歯科衛生士および事務職員に分けられる。
  年度別の歯科衛生士職員数および事務職員数は次のとおりであった(なお,この歯科衛生士の人数は在籍者数である。後記のとおり原告は,被告に在籍していた間に私傷病職免,休職ないし欠勤扱いで実際には勤務についていない期間が長期にわたって存するが,その期間における原告も人数に含めている。)。
  昭和42年度〜昭和49年度
   歯科衛生士 7名
   事務職員  1名
  昭和50年度〜昭和53年度
   歯科衛生士 8名(うち原告は昭和53年11月6日から休職)
   事務職員  1名
  昭和54年度,昭和55年度
 歯科衛生士 8名(うち原告は休職)
   事務職員  1名
  昭和56年度
   歯科衛生士  8名
   事務職員   1名
  昭和57年度
   歯科衛生士  7名
   事務職員   1名
  昭和58年度〜昭和63年度
   歯科衛生士  8名
   事務職員   1名
  平成元年度
   歯科衛生士  8名(うち原告は4月26日から休職)
   事務職員   1名
  平成2年度〜平成6年度
   歯科衛生士  8名(うち原告は休職)
   事務職員   1名
  平成7年度〜平成8年度
   歯科衛生士  7名
   事務職員   1名
  平成9年度〜平成10年度
   歯科衛生士  8名
   事務職員   1名
(2) 上記からも明らかなように,昭和42年度から本件免職を行った平成6年度までの期間,被告の業務に従事した歯科衛生士は8名ないし7名であり,この人数をもって後述する被告の業務を分担していた。
4 以上のような状況からして,原告を事務職員等の他職種に配置転換することや,被告の歯科衛生士職員を増員することは不可能であった。

第2 被告の業務内容
1 被告の事業内容の詳細については、各年度に被告が作成する「学校歯科保健事業報告」 (例えば甲5号証)に記載されているとおりであるが,その事業の主たるものは各学校を歯科衛生士が巡回して行う歯口清掃検査および歯科保健指導である(以下,両者を合わせて「歯科巡回指導」という)。
 すなわち,この歯科巡回指導は,むし歯および歯周病疾患の抑制を図り,歯磨き習慣の形成を行うことにより,児童の歯科保健向上を目指すことを目的として,被告の職員である歯科衛生士が横浜市立の小中学校のうち,歯科巡回指導を希望する小中学校に対して巡回を行い,主として歯口清掃検査及び歯科保健指導を実施するものである(ただし中学校については昭和57年度から平成14年度まで実際に行なった実績が無いので,以下の記述においては小学校のみを前提として記述する)。
 歯科巡回指導の概要については,既に被告の平成12年10月26日付け準備書面において述べたとおりであるが,ここで再度詳述すると以下のとおりである。
2 歯科巡回指導の形態については,被告の職員である歯科衛生士が,各小学校をそれぞれ,かつては年十数回,現在は年2ないし4日程度(日数は在校児童・生徒数など学校規模によって異なる)の期間巡回して行っている(答弁書9ページ)。
3 ひとつの小学校に対する歯科巡回指導がどの程度の延べ日数を要するかは,当該小学校の規模(児童数)によって異なってくるが,こうした小学校の規模は「4日校」「3日校」 「2日校」という通称で三段階に分類されている。
 ここでいう「4日」「3日」「2日」という日数は、当該小学校の歯科巡回指導を一人の歯科衛生士で担当した場合に何日間を必要とするかについての目安であり,それぞれの小学校の在籍児童数は概ね次のとおりである。
 4日校 児童数が概ね600人以上
 3日校 児童数が概ね300人以上600人未満
 2日校 児童数が300人未満
4 平成6年度ないし平成12年度における横浜市立小学校を上記分類で分けると,それぞれ以下の校数となり,いわゆる「3日校」が圧倒的に多い(なお平成14年度の状況に関しては,乙66号証参照)。
(1) 平成12年度(乙35号証,乙36号証)
  「4日校」  84校
  「3日校」  212校
  「2日校」  42校
   合計    338校

(2) 平成6年度(乙34号証)
  「4日校」  38校
  「3日校」  287校
  「2日校」  69校
   合計    318校
5 各年度別歯科巡回指導校数,対象児童数,巡回日数等
  被告が各年度に行った歯科巡回指導の対象校数,対象児童数,巡回日数等は以下のとおりである(甲5号証17頁)
  平成4年度
    歯科衛生士在籍(実働)数7名
    対象校数314校
    対象児童人数196,658名(のべ337,384名)
    巡回延べ日数859日
  平成5年度
    歯科衛生士在籍(実働)数7名
    対象校数317校
    対象児童人数193,043名(のべ348,644名)
    巡回延べ日数931日
  平成6年度
    歯科衛生士在籍(実働)数7名
    対象校数319校
    対象児童人数186,032名(のべ347,589名)
    巡回延べ日数925日
  平成7年度
    歯科衛生士在籍(実働)数7名
    対象校数323校
    対象児童人数182,964名(のべ339,571名)
    巡回延べ日数926日
  平成8年度
    歯科衛生士在籍(実働)数7名
    対象校教328校
    対象児童人数178,773名(のべ338,995名)
    巡回延べ日数1,003日

第3歯科巡回指導の実情(乙36号証)
1 概要
 歯科巡回指導の内容は前記のとおり歯口清掃検査および歯科保健指導からなる。
 歯口清掃検査とは,各児童の歯口ないし口腔内の清掃状況を検査して,その状態を児童に知らせ,歯口清掃,咀嚼,間食等の指導に当たることである。
 次に,歯科保健指導は,さらに集団指導と個別指導からなる。
 このうち集団指導とは,担当する歯科衛生士が1集団(通常は1クラス)の児童に対して,歯磨き等基本的な生活習慣の育成を目的として歯科保健を正しく理解させる指導であり,個別指導とは,特に指導を要する児童に対して個別に指導を行い歯科保健の重要性を理解させる指導である。
2 歯口清掃検査
(1) 歯口清掃検査は,担当する歯科衛生士が巡回先の小学校に赴いた上,通常はその保健室において行う。
 歯口清掃検査は,歯科衛生士が待機している保健室に,予め決められた時間配分に従って,検査を受ける各クラスの児童を,それぞれ1コマの授業時間のうちの一部を利用して保健室等に集合させる。
(2) こうして1クラスの児童が保健室に到着すると,先ず最初に歯科衛生士が児童全員を前にしてこれから行う歯口清掃検査の趣旨を簡単に説明する。
(3) その上で,児童を一人ずつ順番に歯科衛生士の前に立たせたままの状態で,児童に対面した歯科衛生士が児童の口腔内の状態を検査して歯口清掃検査を実施していく。
 この際,歯科衛生士は児童の身長に応じて,立ったり座ったり,あるいは中腰になるなどして,児童の口腔内が見える視線の位置を確保し,児童の口腔内の状態を検査する。
 また,検査に際しては,児童の歯の状態を見るために,児童の唇をめくる必要があるので,歯科衛生士は左手の親指と人差し指にサックを付け,この二指で児童の顎(顔面)を安定させながら,右手に持った綿棒を使用して児童の唇をめくり,上下左右の歯の表面及び裏面に順次綿棒を当ててその表面を拭っていき,歯の状態を確認していく。
 歯科衛生士の左手の上記二指は,一人の児童の検査が終了するごとに,アルコールで消毒しその上で次の順番の児童の検査に移っていく。
(4) こうした検査により,児童の口腔内が清潔になっているか否か,すなわち歯磨きの有無ないし歯磨きの方法が適切に行われているか否かを確認するとともに,歯肉の状況等を確認し,このことから当該児童が十分に食物を咀嚼しているか,間食をするなど食生活ないし栄養状態に問題は無いかなどを把握していく。
 その上で,歯科衛生士がその場で,当該児童に対し,歯磨き方法,咀嚼方法,食生活等に関して適切な助言を口頭で伝えて指導する。
 また必要に応じて,児童自身に手鏡を持たせて自分の口腔内の状態を確認させ,歯や歯肉の様子を見せながら,磨けていない部分を指摘して注意したり,病気や異常があった場合にはそれに気付かせる。
(5) また,以上のような検査結果に基づき,歯科衛生士が児童の口腔内の状態を次のように分類し,児童に結果を告げる。
 A よく磨けている
 B°少し磨き残しがある
 B 磨き残しがある
 C 沢山磨き残しがある
 T 歯石が付いている
 G 歯肉が腫れている
 S 色素がついている
 歯科衛生士が告げた上記の結果は,児童の健康手帳や学級保健記録簿に記載されるとともに(その記載は通常は同席している担任教諭か養護教諭が行う),児童本人に対しては判定カード(絵カード)が手渡される。
(6) 以上のような検査指導は,歯科衛生士の前に整列した児童につき順次行う。歯科衛生士が一人の児童の歯口清掃検査に要する時間は,小学校の規模により差異があるが,概ね数十秒から1分前後である。
(7) このようにして1クラスの全児童の検査が終了後,歯科衛生士が簡単に検査結果の総括を行い,当該クラスの歯口清掃検査は終了する。
 その頃には,保健室には検査を受ける次の順番のクラス児童が到着しており,歯科衛生士は同様の歯口清掃検査を繰り返す。
(8) 乙37号証について
 以上述べてきた歯口清掃検査及び歯科保健指導(集団指導)の実情について,これを明らかにするために被告はビデオテープ(乙37号証)を提出した。
 同号証において撮影されている歯口清掃検査は,平成13年6月12日に瀬戸ヶ谷小学校(保土ヶ谷区・3日校)で実施されたものであるが,これに基づいて歯口清掃検査の実態を述べると以下のとおりである(被告の平成13年7月2日付け証拠説明書参照)
@歯科衛生士は午前8時10分頃から検査前の準備を開始する。
 歯科衛生士は保健室内の机の位置を変え,養護教諭と協力して長椅子を廊下に出した後,個別検査前に行なう事前説明用の資料を保健室内に掲示し,保健室内の床を清掃する。
A午前8時45分頃から4年1組の検査を開始する。
 保健室内に4年1組の児童全員が到着し,歯科衛生士と挨拶をした後,一旦児童全員を床に座らせて歯科衛生士がそのまえに立ち,検査前の事前説明を行なう。
 続いて各児童の個別検査を開始し,着席している児童の中から順番で概ね3名程度の児童を歯科衛生士の前に直列に並んで立たせ,先頭の児童が検査を受けている間はその余の2名程度の児童はその後ろで自分の順番が来るのを待っている。1名の検査が終了する度に,着席している児童の中から更に1名の児童が立って列に加わる。このように歯科衛生士の前には常時3名程産の児童が列を作って待機するようになる。
 この間,歯科衛生士は児童と対面して置かれた椅子に着席したり,中腰で立ったり,あるいは体を横にひねるなどして,児童の口腔内を覗き込める位置を確保しなければならない。
 また歯科衛生士は,検査の間,右手に綿棒を持ち,左手の親指と人差し指にはサックをして,この二指で児童の顎を安定させながら,右手の綿棒で児童の口腔内の状況を検査していく。
 また時には,左右の手で児童の顔面を持ちあげ,児童の顔の向きを直しながら口腔内の検査を行なう。
 更に必要に応じて,歯科衛生士が右手に持った綿棒を歯ブラシに見立てて,児童に対して歯ブラシの動作を行なって見せ,歯磨きの仕方を指導することもある。一人の児童の検査が終了すると,歯科衛生士ほ瞬時に左の二指の指先を消毒し,使用した綿棒は左脇に備え付けたビニール袋に廃棄する。この間に歯科衛生士の前には検査を終了した児童と交替して次の児童が立っているので,直ちにこの児童の検査を開始する。
 このように歯科衛生士は,次々と自分の前に立つ児童の個別検査を実施しなければならない。
B4年1組の検査終了後直ちに,午前9時頃から4年2組の検査を行なう。
 児童全員を床に座らせて歯科衛生士がその前に立ち,検査前の事前指導を行なう。
 続いて各児童の個別検査を行なう。その状況は前記4年1組の際と同様であるが,例えば必要に応じて,児童に手鏡を手渡して自分の口腔内を見せながら,歯科衛生士は右手に持った綿棒の先で問題となる歯を示して歯の清掃状況についての指摘をしていく。
 この間、歯科衛生士はほとんど常に中腰で立った状態で検査を行なっており、身長の低い児童の場合に数回だけ椅子に一瞬座るような動作はするが,同じ児童を検査している間も,児童の口腔内を見るための視線を確保するために、直ぐにまた中腰で立ち上がらなければならない。
 この4年2組の検査は午前9時15分頃終了する。
C4年2組の検査終了後直ちに,午前9時15分頃から3年1組の検査を行なう。
 児童全員を床に座らせて歯科衛生士がその前に立ち,検査前の事前指導を行なう。
 続いて児童の個別検査を行なう。その状況は前述した4年1組,4年2組の際と同様であるが,前述のように必要に応じて児童に手鏡を持たせたり,また,歯科衛生士が左手に歯の模型を掲げて持ち,右手に持った綿棒で模型の歯を示しながら歯磨きの方法を指導することもある。
D3年1組の検査終了後直ちに3年2組の検査を行なう。
E3年2組の検査終了後直ちに3年3組の検査を行なう。
 個別検査の際に歯科衛生士がとる動作はこれまでと同様であり,歯科衛生士は立ったり座ったり中腰になったりというような動作を頻繁に繰り返している。
F3年3組の検査終了後直ちに4年3組の検査を行なう。
Gその後も歯科衛生士は各クラスの検査を順次行ない,正午頃には5年1組の検査を行なう。
 それまでと同様に歯科衛生士はまず事前指導を行ない,続いて個別検査を行なう。
 児童の体格が大きいので、歯科衛生士はほとんど立った姿勢で腰をかがめたり、背伸びをしたり,体をひねるなどして,児童の口腔内を覗き込める位置を確保している。
H5年1組の検査は午後零時07分頃に終了するが,歯科衛生士が5年1組の最後の児童を検査している時には,既に次のクラスの児童が保健室内に到着しており,歯科衛生士の前に全員が着席して順番を待っている。
 このように,保健室内には次々に検査を受ける各クラスの児童が到着し待っている状態なので,歯科衛生士は休憩をとる間が無い。
(9) 一人当たりの児童に必要な時間
 以上のとおり乙37号証のビデオに撮影された実際の歯口清掃検査において,児童1名に当てられる時間は,平均約15秒程度しかない。
3 歯科保健指導
(1) 歯科保健指導のうちの個別指導は,歯口清掃検査の結果,特に歯口清掃状態が良くない児童や,歯石沈着のある児童,歯周疾患の疑いのある児童などに対して,歯科衛生士が個別に改善のための指導を行うことであり,通常は対象となる児童のみを保健室や相談室等に集合させて,1単位時間(1校時)に4〜5名に対して個別に行う。
(2) また歯科保健指導のうちの集団指導は,学級単位で行われる学級活動の一助として,通常はクラスの教室で行われ,担当歯科衛生士が各教室に赴き,学校の指導目標に基づき,1単位時間の指導を児童に対して指導を行う。
 指導内容としては,着席した児童を前にして歯科衛生士が教壇に立ち,当該クラスの児童全員に対して,歯の磨き方や磨き残しがないための口の開き方,歯ブラシの持ち方・動かし方,歯への当て方などを,口腔の模型や歯ブラシの模型などを使用して模範を示すなどして指導する。
 さらに児童たちにも実際に歯磨きを行わせ,その間歯科衛生士は児童の机の間を移動して個別に児童に対して手を添えるなどして指導する。
3 以上のとおり,歯科巡回指導において歯科衛生士が行なう業務には,歯口清掃検査と歯科保健指導があるが,通常の場合,午前中に歯口清掃検査を行ない,引き続き午後に歯科保健指導を行なう。
 このように歯口清掃検査を午前中に行なうのは,昼食後は口腔内の条件が変わってしまうためである。
 また,歯科保健指導は午前中の実施した歯口清掃検査の結果を踏まえて行なうので,同一の歯科衛生士によって午前午後を通じて行なわなければならない。
 このように,歯口清掃検査は,被告の歯科巡回指導における根幹をなす業務であり,不可欠なものである。

第4 被告歯科衛生士の業務実態
 前項においては歯科巡回指導の実態について明らかにしたが,これを被告職員である歯科衛生士の日常業務実態の観点から再説すると以下のとおりである。
1 一年間の日程
(1) 被告職員の歯科衛生士が歯科巡回指導に赴く対象小学校が,その規模によって「4日校」「3日校」「2日校」に分けられることは前述したが,一人の歯科衛生士がどの小学校に巡回指導に行くかは,各歯科衛生士が「4日校」「3日校」「2日校」を平均的に担当するように配慮して毎年の年度始めに決められる。また具体的な巡回指導の日程(どの小学校でいつ歯科巡回指導を実施するか)も,毎年の年度始めに決められる。
 この結果,毎年の年度始めに,「どの歯科衛生士が,どの小学校に,いつ行くか」という日程が決定される。
 被告の各歯科衛生士は,こうして決められた日程に従って,自分が担当する小学校へ歯科巡回指導に赴くが,担当する小学校は多数あるので,原則として毎週1日(水曜日)に横浜市庁舎内の事務室において執務する以外は,歯科衛生士全員が常に毎日どこかの小学校に赴いている状態である。
(2) 例えば,平成6年度を例にとって見た場合,同年度に被告に在籍して実際に業務に従事していた歯科衛生士は合計7名であるが,その各歯科衛生士が担当して巡回した小学校の校数及び規模別内訳は乙34号証のとおりであり,各歯科衛生士の負担が均等になるように配慮されている。
2 一日の日程
(1) 歯科衛生士は,巡回先の小学校に毎朝第1校時開始時刻(午前8時45分)よりも前に到着し、保健室において歯口清掃検査の準備を行う。
 その後,歯科衛生士は検査結果の集計,まとめ,養護教諭との打合せなどを午後に行う。
 また集団指導や個別指導を行うこともある。
(2) 乙67号証は平成14年度における被告職員の歯科衛生士が,ある一日に実際に従事した勤務状況であるが,その実情は以下のとおりである。
  午前7時20分
    自宅から出勤し,電車・バスで対象小学校へ向かう。
  午前8時20分
    小学校到着
    当該小学校の養護教諭と共に,保健室内で歯口清掃検査等の準備を行なう。
  午前8時45分
    1校時開始と共に,1年生合計3クラスの歯口清掃検査を順次行なう。
    対象となる児童は3クラス合計で約100名であり,1クラスに対する歯口清掃検査及び歯磨き指導にあてられる時間は約15分間。
 児童1人の歯口清掃検査に対して要する時間は約20秒である。
  午前9時30分
    2校時開始
    1校時と同じ手順で,2年生合計3クラスの歯口清掃検査を順次行なう。
    対象となる児童は3クラス合計で約100名であり,1クラスに対する歯口清掃検査及び歯磨き指導にあてられる時間は約15分間。
 なお,2校時終了後3校時開始までの休憩時間の間に,3校時の歯口清掃検査の準備を行う。
  午前10時40分
    3校時開始
    1校時・2校時と同じ手順で,3年生合計3クラスの歯口清掃検査を順次行なう。
    対象となる児童は3クラス合計で約100名であり,1クラスに対する歯口清掃検査及び歯磨き指導にあてられる時間は約15分間。
  午前11時25分
    4校時開始
    1校時・2校時・3校時と同じ手順で,4年生合計3クラスの歯口清掃検査を順次行なう。
    対象となる児童は3クラス合計で約100名であり,1クラスに対する歯口清掃検査及び歯磨き指導にあてられる時間は約15分間。
午後零時10分
    4校時終了
    昼休み時間中に昼食をとるとともに,午後に実施する歯科保健指導の準備を行なう。
午後1時35分
    5校時開始
    5年1組(対象児童数31名)に対し,教室内においてクラス単位での集団指導を行なう。
午後2時20分
    6校時開始
    5校時と同じ手順で,5年2組(対象児童数31名)に対し,教室内においてクラス単位での集団指導を行なう。
午後3時05分
    6校時終了。
    午前中に行なった歯口清掃検査12クラス分(3クラス×4)のデーターを集計し,養護教諭と検査結果のまとめ及び今後の指導などについて打合せを行なう。
   学校長へ検査結果等の報告を行なう。
午後4時00分
    小学校を出発して,電車・バスで被告事務室に戻る。
午後4時45分
    被告事務室に帰庁
    事務整理,翌日以降の準備等を行なう。
午後5時00分
    退庁する。
3 一週間の日程の例
 次に乙68号証は平成14年度における被告職員の歯科衛生士が,ある一週間に実際に従事した勤務状況であるが,その実情は以下のとおりである。
(1) 月曜日
 みたけ台小学校(青葉区・4日校)での歯科巡回指導に従事
 午前8時20分学校到着
午前8時45分
  1校時開始
  1年生5クラス(合計169名)及び2年生1クラス(35名)に対する歯口清掃検査実施
  1クラスの検査にあてられる時間は15分
 午前9時30分
  2校時開始
  2年生3クラス(合計108名)及び3年生4クラス(合計137名)に対する歯口清掃検査実施
  1クラスの検査にあてられる時間は15分
  一部の検査は,2校時が終了して休憩時間に入っても継続して実施。
  検査終了後は直ちに,次の校時における検査の準備を行なう。
 午前10時45分
  3校時開始
   個別支援級(12名),4年生4クラス(合計132名)及び5年生2クラス(合計63名)に対する歯口清掃検査実施
   1クラスの検査にあてられる時間は15分
 午前11時30分
  4校時開始
  5年生2クラス(合計63名)及び6年生4クラス(合計140名)に対する歯口清掃検査実施
  1クラスの検査にあてられる時間は15分
  午後零時15分
  4校時終了
  昼休み中も,午前中の検査において「B」「C」とされた児童の再検査を行なう。
  午後は,歯口清掃検査のデータ集計等や養護教諭への事後指導の説明等を行ない,午後4時45分に被告事務室に帰庁。
(2) 火曜日
 柏尾小学校(戸塚区・3日校)での歯科巡回指導に従事
 午前8時30分学校到着
 午前8時45分
  1校時開始
  個別支援級(合計2名)及び1年生3クラス(合計93名)に対する歯口清掃検査実施
  1クラスの検査にあてられる時間は15分
 午前9時30分
  2校時開始
  2年生3クラス(合計91名)及び3年生1クラス(32名)に対する歯口清掃検査実施
  1クラスの検査にあてられる時間は10分
  検査終了後は直ちに,次の校時における検査の準備を行なう。
 午前10時45分
  3校時開始
  3年生2クラス(合計65名)及び5年生2クラス(合計58名)に対する歯口清掃検査実施
  1クラスの検査にあてられる時間は10分
 午前11時30分
  4校時開始
  5年生1クラス(30名)及び6年生3クラス(合計93名)に対する歯口清掃検査実施
  1クラスの検査にあてられる時間は10分
 午後零時15分
  4校時終了
  昼休み中も,個別支援級の児童2名に対する給食後の歯磨き状況の再検査を行なう。
  午後は,歯口清掃検査のデータ集計等や養護教諭への事後指導の説明等を行ない,午後4時30分に被告事務室に帰着。
(3) 水曜日
  被告事務室(教文センター)にて小学校あて通知文書の作成,発送準備,巡回指導準備などの事務作業に従事
(4) 木曜日
 笠間小学校(栄区・3日校)での歯科巡回指導に従事
 午前8時30分学校到着
 午前8時45分
  1校時開始
  1年生2クラス(合計66名)及び2年生1クラス(27名)に対する歯口清掃検査実施
  1クラスの検査にあてられる時間は15分
 午前9時30分
  2校時開始
  2年生1クラス(28名)及び3年生2クラス(合計66名)に対する歯口清掃検査実施
  1クラスの検査にあてられる時間は15分
  検査終了後は直ちに,次の校時における検査の準備を行なう。
 午前10時40分
  3校時開始
  4年生2クラス(合計65名)及び5年生1クラス(30名)に対する歯口清掃検査実施
  1クラスの検査にあてられる時間は15分
 午前11時25分
  4校時開始
  5年生1クラス(30名)及び6年生2クラス(合計71名)に対する歯口清掃検査実施
  1クラスの検査にあてられる時間は15分
 午後零時15分
  4校時終了
  昼休み中に午後の歯科保健指導の準備を行なう。
  午後は,校長,養護教諭,各学年教諭及びPTA,4年生以上の各クラス保健委員児童等を対象にした「学校保健委員会」に参加
  その後歯口清掃検査のデータ集計等や養護教諭への事後指導の説明等を行い,午後4時50分に小学校を出て自宅に直接帰宅。
(5) 金曜日
 星川小学校(保土ヶ谷区,3日校)での歯科巡回指導に従事
 午前8時20分学校到着
 午前8時45分
  1校時開始
  1年生2クラス(合計60名)及び2年生1クラス(27名)に対する歯口清掃検査実施
  1クラスの検査にあてられる時間は15分
 午前9時30分
  2校時開始
  2年生1クラス(27名),3年生2クラス(56名)及び個別支援級(1名)に対する歯口清掃検査実施
  1クラスの検査にあてられる時間は15分
  検査終了後は直ちに,次の校時における検査の準備を行なう。
 午前10時45分
  3校時開始
  4年生2クラス(合計66名)及び5年生1クラス(27名)に対する歯口清掃検査実施
  1クラスの検査にあてられる時間は15分
 午前11時30分
  4校時開始
  5年生1クラス(28名)及び6年生2クラス(合計64名)に対する歯口清掃検査実施
  1クラスの検査にあてられる時間は15分
 午後零時15分
  4校時終了
  昼休み中も,午後の集団指導の準備を行なう。
  午後は,4年生1組及び2組合同の集団指導。
  その後歯口清掃検査のデータ集計等や養護教諭への事後指導の説明等を行い,午後4時30分に被告事務室に帰庁。
(6) 児童1名に対する所要時間
 以上の一週間において,午前中(1校時〜4校時)に実施された歯口清掃検査の対象児童数をまとめると以下のとおりとなる。
  月曜日(みたけ台小学校) 859名
  火曜日(柏尾小学校) 464名
  水曜日(笠間小学校) 378名
  金曜日(星川小学校) 356名
 1校時開始から4校時終了までの時間は180分(10,800秒。但し中体みを除く)であるから,仮に上記児童数でこの時間数を割って算出される児童一人当たりの持ち時間は、以下のとおりとなる。
  月曜日(みたけ台小学校) 約13秒(10,800秒÷859名)
  火曜日(柏尾小学校) 約23秒(10,800秒÷464名)
  木曜日(笠間小学校) 約28秒(10,800秒÷378名)
  金曜日(星川小学校) 約30秒(10,800秒÷356名)
 このことからしても,実際に被告歯科衛生士が日常の歯口清掃検査において,いかに限られた短い時間内に児童に対する検査を行なわなければならないかが明らかである。

第5 被告が原告を免職するに至る経緯
1 採用から欠勤まで
 (1) 被告は,昭和42年4月1日に,原告を歯科衛生士として採用した。
 (2) 原告は,昭和45年1月27日以降,以下のとおり私傷病職免や休職などにより,勤務につかない期間が多くなった(答弁書12〜14ページ,乙46〜65号証)。
@ 昭和45年1月27日〜昭和45年3月31日(約2ヶ月間) 私傷病職免
A 昭和46年9月25日〜昭和46年10月15日(約3週間) 私傷病職免
B 昭和47年10月13日〜昭和47年12月12日(約2ヶ月間) 私傷病職免
C 昭和53年6月26日〜昭和53年7月13日(約2週間) 私傷病職免
D 昭和53年8月18日〜昭和53年10月28日(約2ヶ月) 私傷病職免
E 昭和53年11月6日〜昭和55年12月5日(約2年1ヶ月間) 休職
F 昭和59年4月7日〜昭和59年5月2日(約1ヶ月間) 私傷病職免
G 昭和62年7月13日〜昭和62年9月4日(約1ヶ月3週間)欠勤
(3) さらに原告は,昭和62年9月5日以降は一旦職務に復帰したものの,昭和63年12月23日以降は,主として頚椎症性脊髄症の傷病名により,手続上の扱いは私傷病職免,年次有給休暇,有給休職,無給休職,欠勤の違いはあるものの,本件免職(平成7年1月19日)の前日に至るまで約6年間に亘り,まったく勤務にはついていない(答弁書14ページ。乙1〜28号証,乙39号証・長島陳述書,長島証人)。
2 原告の症状
(1) 昭和63年12月23日以降,原告が被告に対し提出した診断書に記載された症病名は, 「頚椎症性脊髄症」(但し,一部の診断書は「頚椎症」のみ。あるいは―部の診断書では「頚椎症性脊髄症」の他に「腰椎椎間板へルニア」が加わっている)であった(乙1〜乙30号証)。
(2) 特に,平成4年4月8日付けの杉井吉彦医師の診断書(乙30号証)によれば,「現在の状態で,単独の就業は困難と考える」と記載されており,原告が被告の業務に単独では従事できないことは明らかであった。
(3) また原告の身体の状況は,遅くとも平成5年(1993年)8月の時点では既に,介助者が押す車椅子を使用しなければ移動することができない状態であり,かつ,左手が全く動かない状態であった(乙40号証,長島証人調書第1回3頁,8〜9ページ,14〜15ページ等)
3 原告が職務に従事できないと判断された経緯
(1) 前項で述べたように,本件免職が行なわれた平成6年度よりも以前の時点で,既に原告は被告における職務遂行には耐えられない状態であったが,職務遂行に耐えられるか否かの最終判断は原告本人の身分に関する事項であるため,被告はその後も改めて,診断書の提出や,指定する医療機関での受診を求めていた。
(2) しかしながら原告は,こうした被告からの要望に対して,終始これを拒否していた(乙40号証,乙44号証,長島証言調書第1回5〜7頁)。
(3) 被告は,平成5年(1993年)12月27日の部会長会において,改めて被告に対して診断書を求めることとし原告に対して再度これを求めた。
(4) これに対し原告はようやく平成6年2月8日付けの村市徹郎医師の診断書(乙31号証)を提出した。
 この診断書には「内科的健康診断の結果,XP(胸部),心電図 異常所見なし。血圧126/80 検血 腎肝機能検査 コレステロール 貧血 糖尿病の検査も異常なし。検尿異常なし。よって勤務に差支えないものと認めます」との記載はあるものの,同診断書の記載にあるとおり,これは内科的診断にすぎず,歯科衛生士として具体的な被告の業務に従事することが可能かどうかは明らかには記載されていなかった。
(5) そこで被告は,原告の身体の状況を直接原告から確認するため,平成6年3月17日に原告に対する弁明の機会を設けようとしたが,原告がこれを拒否したために実施できなかった(長島証言調書第1回9〜11頁)。
(6) やむを得ず被告は,平成6年3月22日付け依頼文(乙32号証)により,再度原告に対し,主治医ないしは公的医療機関で整形外科医による診断を受け,被告における勤務が可能かどうかについての診断書を提出するように依頼した。
(7) その結果,原告はようやく,平成6年3月28日付けの杉井吉彦医師の診断書(乙33号証)を提出してきた。この診断書には「左上・下肢の麻陣による,移動,通勤に補助があり(車椅子その他),左上肢に負担をかけなければ勤務は可能と考える。」と記載されていた。

第6 本件免職の正当性
1 歯口清掃検査の実情
 被告の業務の主たるものが歯科巡回指導であり,この歯科巡回指導には歯口清掃検査は不可欠のものであること,またこの歯口清掃検査の内容については,前記第3及び第4で述べたとおりである。
 また,歯口清掃検査においては次々に対象となる児童を順番に検査していくため,一人当たりの児童に必要な時間も約15秒程度しかないことも第3・2(9)で述べたとおりである。
2 原告が被告の業務に従事できないことについて
(1) このように,被告において現実に行われていた前記の形態による歯科巡回指導を前提とする限り,原告がこれに従事することができないことは明らかである(乙65号証において原告自身も被告に対し「今までの業務と違った形」でないと職場復帰が出来ないことを認めている。)。
 すなわち,原告には当時,左上下肢に麻庫があり,自力では動けず介護人が常時必要であり,自力による勤務及び通勤ができないことは明らかであった。
(2) ちなみに,現在の一般的な身体障害者に関する求人雇用状況においても,自力通勤及び自力勤務が出来ることが大きな要素となっていることにはかわりが無い(乙69号証・報告書)。
(3) 被告に雇用された歯科衛生士の主たる職務は,これまで再三述べてきた歯口清掃検査や歯科衛生指導であり,各歯科衛生士は一人で直接巡回先の小学校に赴き,その準備から検査・指導までを全て一人で行わなければならない。
 特に歯口清掃検査は,児童の身長に応じて,歯科衛生士が立ったり座ったり,あるいは中腰になるなどして,児童の口腔内が見える視線の位置を確保しなければならない。
 また検査に際しては,歯や歯肉の状態を見るためには,児童の唇をめくって口を開かせる必要があるので,左手の親指と人差し指にサックを付けて児童の顔(顎)を安定させながら,右手に持った綿棒を使用して児童の唇をめくり,上下左右の歯の表面及び裏面に順次綿棒を当てて行うなど,両手指を使用した細かい作業が必要となる。
 また集団指導の場合においても,歯科衛生士は教室内で,児童の机の間を巡視し,手の動きの悪い児童に対しては手を添えるなどして歯科衛生指導を行う必要がある。
 原告は以上のような具体的な作業を行うことが不可能であり,従って被告の上記のような各職務を遂行することができず,これに支障があることは明らかである。
(4) 以上述べてきたように,被告において現実に行われていた業務について原告がそれを遂行できないことについては,本件訴訟においても原告被告間に争いがない。
 また本件免職当時も,自分が立ったままでの歯口清掃検査を行うことが不可能であること,児童の口を開いて検査を行うことが不可能であることなども,いずれも認めていた(長島証言調書第1回12頁,16頁,同証言調書第2回23頁)。
3 原告の主張する「職場環境の工夫」について
(1) 上記のとおり,被告において現実に行われていた業務について原告がそれを遂行できないことについては認めた上で,原告は,「職場環境を工夫すれば,現職復帰は可能である」と主張する(原告平成12年11月28日付け準備書面(2)。
(2) しかしながら,原告が主張する「職場環境の工夫」というのは,漠然としたものに終始し,何等具体的なものではなかった(長島証言調書第1回12頁)。
(3) また,本件訴訟においても原告は,次のような主張をしている(平成12年11月28日付け準備書面(2)3〜4頁)。
 @児童を座らせ,自分も座って実施する。
 A児童の座る椅子を二つ用意して,交互に診ていく。
 B児童を寝かせて,上から覗くようにして検査する。
 C原告が座って,いわゆる「膝枕」の状態で診る(膝枕の位置に児童の頭を固定できる簡単な台を用意すればよい)
 D左右両方に台を置いて交互に順次診ていけぼ交代時間のロスが無くなる。
(4) しかしながら,上記のような原告の主張するような形態をとることは,被告の平成13年1月18日付け準備書面及び平成13年3月23日付け準備書面でそれぞれ指摘したように,現実的には全く不可能である。
 すなわち,原告が主張するの@〜Dのいずれについても,児童一人当たりにある程度の時間をかけることが必要となるが,実際には児童一人に当てられる時間が秒単位の限られた時間しかないのが実情であり,仮に原告が主張するような方法を取った場合には,たちどころに時間が足りなくなり,歯口清掃検査が日程通りに実施できなくなってしまう。
 また,既に第3で述べたとおり,歯口清掃検査では個別の児童の状況に応じて,児童の唇を指でめくって口腔内の状況を見たり,その指を消毒したり,更には児童の身長に応じて瞬時に歯科衛生士側が中腰になるなど態勢を変えて、口腔内が見える視線を確保しなければならないが,原告にはこれは不可能であり,検査の手順の細部をいかに工夫したとしても,この点の問題は解消できない。
 原告は,B及びCにおいて,児童を寝かせたり,原告が児童の頭を「膝枕」のようにして診るという方法を主張しているが,そのような態勢をとらなければならない児童の心情を全く考慮しておらず,教育的配慮からも全く採用できない。
 さらに原告は,介助者を含めた職場復帰を主張しているが(長島証言調書第1回1頁),学校教育現場のしかも歯科に関する保健検査という,極めて児童のプライバシー保護の要請が高い場所における職務に対して,第三者である介助者が関与することは,被告としては到底認めることはできない。
 このように,原告が主張する「工夫」というものは,原告にとっては都合が良く,物理的には可能なのだとしても,被告における実際の職務内容や,またそれが教育現場における学校保健教育の一環であるという視点に全く欠けている。原告は「障害者雇用のための環境整備という観点からすれば,原告にとってやりにくければ座って行なうことを認めるべきである」とすら主張するが(原告の平成13年11月30日付け上申書6頁),その主張にも上記のような現状や職務の対象が児童であると学校保健教育現場に関する配慮が欠落している(同上申書において原告は,学校教育現場における障害者雇用の状況に付いても種々言及しているが,本件と同様に学校における歯科巡回指導が主たる業務である事例については指摘するに至っていない。)。
4 立証責任について
 なお原告は,その主張する「職場環境の工夫」に関しては以上のような漠然とした実現不可能な内容を主張するばかりで,それ以上の主張を行おうとはせず,「職場復帰のための工夫は本来被告側において考慮すべきである」とする(平成12年11月28日付け準備書面(2)6頁)。
 しかしながら,少なくとも本件のように,被告の主たる業務として現実に行われている歯口清掃検査を前提とすれば原告がこれに従事できないことが明らかにあるような事案において,その上でなお被告において「職場復帰のための工夫を具体的に行うべきである」とするのは妥当ではない。
 原告側にこそ,いかなる工夫をすれば「現実的に」職場復帰が可能となったのかを明らかにすべきであるところ,前項でも指摘したように,この点は何ら立証されていないというべきである。

第7 結語
 以上のとおり,原告が被告の職務の遂行に支障があり,またはこれに堪えられない場合に該当するとして被告が行なった本件免職は正当なものであるから,原告の請求は棄却されるべきである。


もどる    目次