訴 状

〒二二五−〇〇〇四  横浜市青葉区元石川町四二六一−一
                 テラスハウス酒井C号
              原   告   徳 見 康 子
〒一〇五−〇〇〇三  東京都港区西新橋一丁目八番七号
            新橋法律事務所 TEL 03-3503-8588
                    FAX 03-3581-9035
              右代理人弁護士 新 美   隆

(送達場所)
〒二三一−〇〇〇五 横浜市中区本町三丁目三〇番七号
                  横浜平和ビル六〇二号
            協同法律事務所 TEL 045-201-6133
                    FAX 045-210-6134
              同       森 田   明
〒二三一−〇〇一七 横浜市中区港町一丁目一番地
              被   告  横浜市学校保健会
              右代表者会長  内 藤 哲 夫

平成一二年六月二日
              原告訴訟代理人
                 弁 護 士 新 美   隆
                 同     森 田   明

横浜地方裁判所  御中

雇用関係確認等請求事件
訴訟物の価格 金 三、九一六万五、二五〇円也
貼用印紙額  金一七万四、六〇〇円(但し、訴訟救助申立につき不貼)

              記

     請  求  の  趣  旨
一 原告が被告に対し、労働契約上の権利を有する地位にあることを確認する。
二 被告は、原告に対し、三、四五八万〇、〇五〇円および本訴状送達の翌日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
三 被告は原告に対し、平成一二年六月二日から本判決確定に至るまで毎月五日限り月額三八万二、一〇〇円の割合による金員およびこれらに対する各支払日の翌日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。
四 訴訟費用は被告の負担とする。
との判決並びに仮執行の宣言を求める。

     請  求  の  原  因
第一 当事者
一 原告は歯科衛生士の資格を有し、一九六七年(昭和四二年)被告の職員として採用され、横浜市内の小中学校への歯科巡回指導(歯口清掃検査、歯科保健指導等)の業務に従事した。
二 被告は、横浜市教育委員会の外郭団体であり、う歯予防事業や結核検診の業務を行っている。う歯予防事業の一環として教育委員会から委託を受けて学校歯科保健事業を特別事業として運営している。学校歯科保健事業は、一九五八年(昭和三三年)に横浜市学校歯科医会が市内の希望校に歯科衛生士を巡回させ、児童生徒のむし歯および歯周疾患予防の指導と処置に当たらせたのが始まりで、その後巡回を希望する学校が増えたために、一九六六年(昭和四一年)に被告に移管されて現在に至っている。本件事業と同様なものは他の自治体でも実施されているが、横浜市の如く被告のような外郭団体に委託する形式をとらず、教育委員会が自らの事業として実施している場合もある。このことからも分かるように、被告は、実質的には横浜市教育委員会の一部門であり、その運営は市教育委員会の教育行
政の中に組み込まれている。
 被告に雇用される職員の勤務条件については、「横浜市学校保健会職員の任免・給与・勤務時間その他の勤務条件に関する規程」(甲一、以下勤務条件に関する規程という。)に定められた以外は、すべて横浜市の一般職職員についての定めが準用されている。本件においては、民事訴訟法二九条の法人でない社団として被告を当事者とするものの、被告の財政・組織運営が全面的に横浜市(教育委員会)によってなされている実情に留意されるべきである。

第二 被告が原告を解雇するに至った経緯の概略
一 原告は、一九六七年(昭和四二年)四月一日付で横浜市教育委員会内にある被告に雇用され、歯科衛生士として横浜市内の小中学校の児童生徒を対象とする歯科巡回指導の業務に励んできた。
二 原告には、就労後一一年を経過した一九七八年(昭和五三年)四月頃から左手環指背側から前腕にかけての痛み、肩こり、聴力異常が発症し、頸肩腕症候群と診断され、私傷病職免や休職の後に労働基準監督署長から業務上疾病と認定された。原告は、一九八〇年(昭和五五年)一二月六日職場復帰しリハビリ勤務に入った。
三 原告は、リハビリ勤務とともに針灸治療、マッサ−ジ、体操療法等を行ってきたが、一九八八年(昭和六三年)三月末に症状固定・治癒となり従前の業務を行った。
四 ところが、その後筋肉の萎縮や運動感覚の麻痺症状が発生したために、同年一二月末に横浜南共済病院に入院し、翌一九八九年(平成元年)一月に頸椎症性脊髄症で頸椎の固定手術をし治療を受けた結果、一定の改善が見られた。原告は、体力を回復し、ロフストランド杖と長下肢装具によって自力歩行ができAT車の運転が可能になるなど日常生活上自立出来るまでになった。そこで、一九九〇年(平成二年)九月に職場復帰のために、三年前から横浜市の中核的施設として事業を開始していた横浜市総合リハビリテ−ションセンタ−(略称リハセンタ−)においてリハビリ訓練を受けることにした。当初は、週一回程度のものであったが、一九九一年(平成三年)一月からは、通所による集中リハビリが開始された。しかし、一日も早い職場復帰を願う原告の期待に反して、肝心のリハビリ訓練よりも評価・判定の「指導」が繰り返されることに原告は困惑した。
 このような状況下で、同年二月二六日に、リハセンタ−内の運動療法室で原告がリハビリ訓練を行っていたところ、重さ約一一キログラムの訓練用ロ−ルが平行棒上から落下して原告に衝突し、原告が転倒する事故が発生した(この事故の原因および責任をめぐって現在別件訴訟が継続中である。)。
五 右リハセンタ−内の転倒事故により、原告の身体はそれ以前とは異なり歩行や日常生活が自力でできない状態となったため、介助体制をつくらざるをえなくなった。リハセンタ−に対して通所訓練から入所訓練に切り換えるように要請したが、同センタ−は、一九九二年(平成四年)三月になって最終的にこの原告の受入れ要請を拒否した。
六 原告は、介助者を要する状況下でも職場復帰を実現したいと望んで、同年三月二五日に被告担当責任者(教育委員会担当課長ら)と面接し、介助者付きの職場復帰を求める交渉を行った。しかし、被告担当者らは、「自力で通勤、自力で勤務できる」ことが職場復帰の条件であるとして、原告の職場復帰を拒否した。
七 被告は、一九九二年(平成四年)四月二六日以降は、原告の休職期間が同年四月二五日をもって経過したとして、原告を欠勤扱いのままにして、一切の賃金・給料を支払おうとしなかった。原告は、被告との間で職場復帰の条件について繰り返し交渉を続け、また横浜市長に対して要望書や質問状を提出したりした。被告は職場復帰は認めないとの態度に終始した。
 この間に、原告は「車椅子などの補助具があれば勤務可能」の診断書や勤務に差し支えないという健康診断書を提出したが、被告はこれを認めようとしなかった。
八 原告の職場復帰をめぐる原告被告間の交渉が二年以上にわたって続けられたが、この間原告は無収入の状態のままであり、一九九四年(平成六年)四月からは、生活保護を受給することを余儀なくされている。
 こうして、被告は一九九四年(平成六年)一二月二〇日、原告に対して一九九五年(平成七年)一月一九日をもって免職する旨の通知をした。これは、前記勤務条件に関する規程二条三項二号の「心身の故障のため、勤務の遂行に支障があり、又はこれに堪えない場合」に免職することができる、との条項に基づくとしている(甲二)。
 被告は、原告の抗議にかかわらず、その後においても原告の就労を拒否して現在に至っている。
なお、被告は同年五月二四日原告に対して退職手当を支給すると通知してきたが、原告が受取を拒絶したため供託している。

第三 本件解雇は無効である。
一 憲法一四条、労働基準法三条違反
 被告の、原告に対する本件解雇(免職)の理由は、被告の勤務条件に関する規程二条三項二号にいう「心身の故障のため、勤務の遂行に支障があり、又はこれに堪えない場合」に該当するというばかりであるが、その具体的な理由としてこれまで被告が明らかにした限りでは、「歯科衛生士として学校での歯科巡回指導という職務に耐えない」とし、さらにその根拠として「自力通勤、自力勤務」ができない、とすることに尽きるものである。しかし、原告の歯科衛生士としての能力には何らの問題はないのであ
るから、被告の解雇理由はただに原告の身体障害の存在を理由にするものに他ならないことが明らかである。
 周知のように一九八一年の国際障害者年に掲げられた「完全参加と平等」の理念は、障害者基本法の基本的理念として位置づけられ、同法三条では、「すべての障害者は、個人の尊厳が重んぜられ、その尊厳にふさわしい処遇を保障される権利を有する」と規定され、従来暗黙のうちに健常者を前提にして能力主義の観点から障害者を差別的に取り扱うことを当然としてきた認識や施策は抜本的な見直しが意識的にはかられてきている。一九八三年に採択され、日本について一九九二年に発効した「障害者の職業リハビリテ−ション及び雇用に関する条約」(ILO第一五九号条約)は右の国際障害者年の「完全参加と平等」の理念をさらに具体化する国際基準を採択したものである。同条約七条は、加盟国の権限のある機関に「障害者が職業に就き、これを継続し及びその職業において向上することを可能にするための職業指導、職業訓練、職業紹介及び雇用に関する事業その他関連の事業を実施し及び評価するための措置をとること」を義務づけて、障害者である労働者と他の労働者との間の機会および待遇について実効的な均等をはかっている。この条約の批准を受けて一九九三年(平成五年)に改正された前記障害者基本法は、障害者の雇用促進を国および地方公共団体の責務として、そのための施策を講ずることを義務づけているし(同法一五条)、身体障害者福祉法においても、身体障害者の自立と社会経済活動への参加を促進するための援助と必要な保護を国、地方公共団体の責務としている(同法三条)。これらの一連の条約や立法の流れからすれば、すでに障害者に自立可能な積極的援助を与えつつ、すべての分野でその権利を保障することは確立された法規範として定着している。このことは、障害者と健常者とがともに社会を構成する対等な市民として共存する
 ことが公序であるだけでなく、個人の尊厳を基調とする憲法秩序としても認められなければならないことを意味している。障害者という社会的地位は差別的取扱が禁止される「社会的身分」と今日解釈されるべきものである。
 原告が被告に求めた介助者付き勤務は、障害者の労働の権利を保障する必要から当然のことであって、「自力通勤、自力勤務」を絶対視するような障害者を差別する思想はすでに放棄されるべき過去の遺物であって、このような差別的理由に基づく本件解雇(免職)処分は、憲法一四条、労働基準法三条に違反し無効である。

二 解雇権の濫用
1 被告はその組織運営のすべてにわたって横浜市の当局の事実上の管理下にあるものであるが、横浜市は障害者雇用の確保を積極的に行うことが義務づけられているばかりか、従来、障害者差別禁止を市の重点施策として標榜してきたものである。横浜市は障害者雇用促進法により障害者を積極的に雇用する義務があるとされて、法定雇用率も民間企業に比して高く決められているのである。また一九九四年の障害者雇用促進法の改正により障害者の雇用支援センタ−の制度が設けられ、横浜市においても障害者就労支援センタ−の整備がなされている。市は、障害者を雇用する事業所の開拓のために地域をまわり、事業所が障害者を受け入れるための環境整備に補助をしたりしているのである。このような市当局が、本件原告の解雇処分を実質的に行ったのである。市としては、原告の雇用確保のために職場復帰の条件整備をはかり率先して障害者雇用を継続させる責任があったにもかかわらず、旧来の「自力通勤、自力勤務」なる観念に固執して本件解雇に及んだ。これでは、市の標榜する施策は実質のともなわない画に描いた餅と言われても仕方がなかろう。原告は、被告との交渉を通じて誠実に職場復帰の条件をつくり、障害者であること故に職場復帰を認めないことの不当性を長く訴えてきた。被告にしても市当局(教育委員会)にしても、原告のニ−ズに対する配慮を尽くして被告の職員としての業務を可能にする具体的な検討や努力もせずに、敢えて解雇処分に及んだことは解雇権の濫用であって無効である。
 特に、原告の従事した業務が学校についての教育行政に組み込まれていることからすれば、車椅子の巡回歯科衛生士の業務を可能にする条件整備のコストは、原告の業務遂行の姿を示すことにより児童生徒に与える教育効果に比すべくもないのである(脳卒中で倒れて右半身不随となった私立高校の保健体育教諭が、本件と同様な理由で解雇された処分を無効とし、この点を強調する札幌地裁小樽支部平一〇・三・二四判決−労判七三八号二六頁参照。)。
2 被告が本件解雇の理由としたのは原告の障害に他ならないが、前述の経過に照らせば、原告が障害者になったのは被告職員としての過重な勤務に基づくものと言って過言でない(現に当初に発症した頸肩腕症候群の疾病については、労基署長により業務上疾病の認定がなされている。)。原告がその業務に精励すればこそ、職業病に見舞われたのであり、本件解雇は、その責めに帰する職場環境や勤務態様により障害をうけた職員をその障害を理由にして排除せんとするものであり、権利濫用の所業という他ない。

三 解雇理由の不存在
 本件解雇の根拠は、前記のとおり被告の定めた勤務条件に関する規程二条三項二号の「心身の故障のため、勤務の遂行に支障があり、又はこれに堪えない場合」に該当する、というのである。しかし、原告の勤務の遂行は歯科衛生士としての技能の発揮がその本領であって、原告の障害は機能的には車椅子であれ、介助者による移動であれ十分にカヴァ−でき、勤務の遂行が可能である。人権教育を推進すべき学校という現場においては、先述のとおり原告が被告に要請したような勤務態様は積極的に尊重されこそすれ、何らの不都合はないはずである。このような勤務を何ら十分な検討や配慮を尽くさずに、観念的に「学校で事故を起こし、怪我でもされたら大変だ」とする思い込みのままに原告の勤務を拒否することこそ不適切な評価と言うべきものである。被告の本件解雇(免職)事由は、そもそも勤務条件に関する規程の条項に該当しないから本件処分はこの点からも無効である。

第四 未払い賃金の計算等
一  原告の如き被告職員に対する給料や諸手当等の支給額は、勤務条件に関する規程四条によれば、横浜市一般職職員の例に準じて被告会長が定めるとされているが、実際には横浜市の医療技術・看護職員等給料表が適用されてきた。本訴訟では、一九九五年一月二〇日以降の未払い給料および本訴提起以後判決確定に至るまでの給料の支払いを求めるものであるが、第二の経過の概略の項で述べたように、原告については、一九九二年四月二五日に休職期間満了との理由から、同月二六日以降本件解雇に至るまで欠勤扱いとされて一切の支払いがなされないまま放置されたという異常な経過をたどっている。そこで、原告が被告に請求しうる未払い給料の計算については、本来であれば毎年改定される給料表と格付けの変更を加味して計算がなされるべきものであり、いずれ被告から詳細な計算の結果を得て、再計算する所存である。
 そこで本訴訟提起の段階では、被告が本件解雇後の一九九五年五月二四日に原告に対する「退職手当ての支給について」(甲三)との通知で示した退職手当の額から被告が当時認識していた、原告に対する給料月額(調整額を含む)を計算し、更にこの金額に扶養手当および住宅手当てを加えて、金三八万二、一〇〇円と算定した。また毎月の給料総額の他に夏期(六月)、年末、年度末の期末手当五・三〇月分を加えて一九九五年一月二〇日から、本訴訟提起時までの未払い給料の総額(合計九〇・五カ月分)を三、四五八万〇、〇五〇円と算定した。
二 被告の職員に対する給料の支払い日は、毎月五日である。
よって、請求の趣旨のとおりの判決を求めるために本訴訟提起に及んだ。

     証  拠  方  法
甲一 「横浜市学校保健会職員の任免・給与・勤務時間その他の勤務条件に関する規程」(被告作成)
甲二  免職通知(平成六年一二月二〇日付、被告作成)
甲三  「退職手当の支給について(通知)」(平成七年五月二四日付被告作成)

     添  付  書  類
一 甲各号証写し            各一通
一 訴訟委任状              一通
                              以上



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