裁判長が交代したので、新裁判長に、これまでの裁判内容を確認していただくために、提出した。
2001年11月30日 原告・徳見康子 本書面では、証拠に基づき、近時の障害者雇用促進の動向、教育現場で障害を持つ者が働くことの積極的意義、そして被告の立場、原告の業務内容に照らして、被告が原告の原職復帰に応ずるべきことを明らかにする。 第1 障害者雇用促進の流れと事業主の責務 今日、障害者の雇用促進は重要な課題となっている。 障害者の雇用の促進に関する法律(甲8 464頁以下)では、「障害者がその能力に適合する職業に就くこと等を通じてその職業生活において自立することを促進するための措置を総合的に講じ、もって障害者の職業の安定を図る」ことを目的に掲げ(1条)、基本理念として「障害者である労働者は、経済社会を構成する労働者の一員として「職業生活においてその能力を発揮する機会を与えられる」とし(2条の2)、事業主の責務として「障害者である労働者が有為な職業人として自立しようとする努力に対して協力する責務を有するのであって、その有する能力を正当に評価し、適当な雇用の場を与えるとともに適正な雇用管理を行なうことによりその雇用の安定を図るように努めなければならない」と定める(2条の4)。また、国及び地方公共団体に対しては「障害者の雇用について事業主その他国民一般の理解を高めるとともに、事業主、障害者その他の関係者に対する援助の措置及び障害者の特性に配慮した職業リハビリテーションの措置を講ずる等障害者の雇用の促進及びその職業の安定を図るために必要な施策を総合的かつ効果的に推進するように努めなければならない」としている(2条の5)。 日本障害者雇用促進協会編、労働省(当時。以下省庁名は当時のものによる)職業安定局監修の「障害者雇用ガイドブック」(甲8)には、障害者の雇用に関する制度等が網羅的に記載されているが、その冒頭では「障害者雇用の理念」として、「障害の特性に配意した適切な雇用の場の確保こそが障害者間題の中でも特に重要なものとして位置付けられます」「障害者の雇用問題は単に障害者の問題であるだけでなく、健常者を含めた社会全体の問題なのです。われわれは、このことを認識して、健常者と障害者とがともに働く社会にするために、障害者の雇用を改善していかなければなりません」と述べている(甲8 13頁)。 「障害者の雇用促進のために」(甲10、甲41)の冒頭では、労働省、都道府県、日本障害者雇用促進協会が「障害者が働く意欲をもちながら障害があるというだけで雇用されないとすれば、それは大変残念なことであり、あってはならないと考えます」として、事業主に対し、雇用の促進を呼び掛けている。 平成10年4月に労働省が策定した「障害者雇用対策基本方針」(甲37)では、「ノーマライゼーションの理念の実現のためには、障害者の社会的な自立に向けた基盤づくりとして、職業を通じての社会参加を進めていくことが基本となる。このため、障害者が……可能な限り一般雇用に就くことができるようにすることが重要」として、事業主が行なうべき雇用管理の指針を示している(甲37 1、2、10ページ以下)。そのなかで、肢体不自由者については、「通勤や職場内における移動ができるだけ容易になるよう配慮するとともに、職務内容、勤務条件等が過重なものとならないよう留意する。また、障害による影響を補完する設備等の整備を図る」とし、中途障害者については、「円滑な職場復帰を図るため、必要に応じて医療・福祉機関とも連携しつつ雇用継続のための職業リハビリテーションの実施、援助者の配置などの条件整備を計画的に進める」としている(甲37 12頁)。 一方、事業主に対してはさまざまな援助制度があり、中途障害者に対しても雇用の継続を図るための助成制度がある(甲9「各種助成金のご案内」(平成12年度版)25頁、甲26「各種助成金のご案内」(平成13年度版)26頁、甲27「障害者雇用継続助成金のごあんない」神奈川県雇用開発協会)は中途障害者に対する助成金についての事業主向けパンフレットであり、地方自治体レべルでも障害者の雇用継続のために努力がされている。 また、事業主に対し、障害者を3か月間にわたり「トライアル雇用」することも勧奨されている(甲48)。 甲42「除外率設定業種における障害者の雇用促進」(厚生労働省、日本障害者雇用促進協会)では、障害者の就労が困難とされてきた職種についても、積極的に雇用を促進すべきであるとして、医師、大学教員等として障害者が活躍している例を多数紹介している。 なお、横浜市も「横浜市職員への身体障害者雇用について―基本方針―」(甲50)を策定している。これは、横浜市職員の採用にあたり、「働く意志と能カのある身体障害者に就労の戸を開」こうとするものであり、自力通勤、自力勤務を要件としつつも、「適職の拡大を図るため、各職場での理解と協力のもとに、職務内容の等の検討を行い、障害者個々の特性にあった職務・職場の確保に努める」「障害を有する職員の勤務しやすい職場環境を確保するため、必要に応じ施設・設備等の改善に努める」等の方針が示され、さらには「この基本方針に準じて、本市外郭団体等関係機関についても身体障害者雇用促進に協力を要請する」としている。すなわち、「自力通勤、自力勤務」の要件は、単に「自力通勤、自カ勤務できなければ採用しない」ということではなく、雇う側が自力通勤、自力勤務ができるよう職場環境の整備に努めることを前提としているのである。 第2 欠格条項撤廃の動き 障害者の就業という点から最近注目されるのは、さまざまな専門職について、障害者欠格条項を撤廃させようという動きである。 これについてはすでに平成10年12月の中央障害者施策推進協議会の「障害者にかかる欠格条項の見直しについて」を踏まえて、平成11年8月に障害者施策推進本部が「障害者にかかる欠格条項の見直しについて」(甲22に引用)を公表して見直しの方針を示していたが、本年、「障害者等に係る欠格事由の適正化等を図るための医師法等の一部を改正する法律」が成立し、特に高度の専門職とされてきた医師らについても、見直しがされた。 その審議課程では、障害を持ちつつも現場で活動している医師らが参考人として意見を述べ、職場での周囲の協力と工夫により大きな可能性が開けることを明らかにして、議員らに感銘を与えている(甲34)。 原告の資格である歯科衛生士についても、歯科衛生土法の改正により、その欠格条項が「心身の障害により業務を適正に行なうことができないものとして厚生労働省令で定めるもの」とされ(4条3項、甲33の1)、厚生労働省令では「視覚、聴覚、音声機能若しくは言語機能又は精神の機能の障害により歯科衛生士の業務を適正に行なうに当たって必要な認知、判断及び意思疎通を適切に行なうことができない者」としている(1条)。そして、免許を与えるかを決めるに当たっては、「当該者が現に利用している障害を補う手段又は当該者が現に受けている治療等により障害が補われ、又は障害の程度が軽減している状況を考慮しなければならない」としている(1条の2、甲33の2)。 こうした法令改正の趣旨からしても、障害を補う手段があるならば歯科衛生士のような専門技術職についても、職場復帰を促進すべきである。 第3 学校現場における雇用の状況 重度の障害者であっても、さまざまな仕事ができる。たとえば今から80年も前の時代に、下半身不随の障害のある広田花崖は、神奈川新聞の前身である横浜貿易新報の記者としてサイドカーに乗って取材に回ったという(甲43)。 千葉市では、「自力通勤、介護者なしの勤務」が受験資格とされているにもかかわらず、介助犬の同伴を要する車椅子の障害者を採用している(甲46の1、2)。横浜地方裁判所の新庁舎には車椅子の裁判官を想定した法廷が設けられている。 学校現場における障害者雇用の意義は、他の職場以上に大きいことが公的文書の中でも明らかにされている。 すでに、平成8年4月の文部省助成局長通知「教員採用等の改善について」では、「身体に障害のある者について、単に障害があることのみをもって教員採用選考等において不合理な取り扱いがされることのないよう、選考方法上の工夫など適切な配慮を行なう……」としている。 労働省と日本障害者雇用促進協会による「学校における障害者の雇用促進」(甲30)では、冒頭に、「障害のある職員を受け入れるための配慮は、決して複雑で難しいものではありません」「生徒の教育上最も大きなメリットは、人に対する差別や偏見のない広い視野を育成できることではないでしょうか。……『障害者とのふれあい』を通して学べることも多くあり、障害のある教師や職員とのふれあいは大きな意味をもつものといえます」と述べている。 そして、現実に、車椅子を要する等障害を持った人々がさまざまな形で学校で働くようになってきた。甲30では、私立学校も含め多くの学校でいろいろな障害をもった人々が環境の整備によって、職場で活躍している様子が紹介されている。 平成13年7月の文部科学省の「教員採用等の改善に係る事例集」(甲36)では、身体に障害のある教員への人事管理上の配慮がされた例が紹介されている。配属校や施設・設備面で配慮がされている。横浜市の例として「歩行困難な教諭について、最寄駅から近い学校に配置している。通勤時間の緩和や異動期間の延長、校種の変更などを配慮している」もの(甲36 63頁)が紹介されている。 神奈川県の教員採用では、受験に際して障害の状態に応じた配慮をすることが明記されている(甲47)。 横浜市港北区で視覚障害の中学校教師が盲導犬とともに教職に復帰した例(甲20)、秋田市で脳性マヒによる肢体不自由の障害を持つ人が中学校の数学教師として教員試験に合格し実際に採用されて教職についた例(甲44)、横浜市金沢区で脳出血による左片マヒにもかかわらず高校の教職に復帰した例(甲45)などもある。 被告は、横浜市教育委員会の外郭団体であり、その予算、事務局機能を全面的に横浜市教育委員会に依存しており、実質的には外郭団体という以上に市教育委員会と一体となった存在である。そして、原告の職場は学校現場であり、原告のように多くの学校を巡回する仕事では、多くの児童・生徒とふれあうことができる。そのことにより児童・生徒に与える教育的効果も大きいことを見逃してはならない。 第4 原告の原職復帰可能性 1 通勤の可能性 甲29のビデオテープでは、原告は電動車椅子、地下鉄による通勤が可能であることを明らかにしている。すでに横浜市営地下鉄の駅の多くには、身障者用施設が設けられており(甲23)、これは増えこそすれ減ることはない。電動車椅子と地下鉄により通勤することを前提として可能と思われる範囲を図示したのが甲31であるが、市内の過半数の小学校を訪問することが可能である。 介助者がついて自動車で通勤することが許されるなら行動範囲ほほとんど制限がないほど広くなる。現在では車椅子利用者が容易に昇降できる自動車が販売されている。甲25(トヨタウェルキャブシリーズのパンフレット)、甲49はその一例である。 2 勤務の可能性 そもそも被告の主張する、「歯科衛生士も児童も立って、歯科衛生士が中腰になる等しておこなう検査方法」は、普遍的なものではない。双方が座る等して検査をすることは可能であるし、実際に行われている(甲18の新聞記事、学校等における歯科検診の写真である甲39ないし40)。少なくとも障害者雇用のための環境整備という観点からすれば、原告にとってやりにくければ座って行なうことを認めるべきである。原告にとって可能なやり方があることは、甲18のビデオテープで明らかにした。本来、被告には、原告のような障害を持つ者でも無理なく働けるような条件を作ることが求められているのである。 また、座面の上下動が可能ないわゆる3次元車椅子を用いれば立って行なうと同様のやり方が可能であるが、3次元車椅子ないしこれに代わる上下動が可能な座椅子等は、様々なタイプのものが価格も安価なものも含め様々に存在する(甲12ないし17、24、49)。貸出しも可能である(甲28)。 第5 本件の解決に向けて 以上のとおり、今日では、障害者の雇用のために事業主が労働環境を整備すべきことが求められておりそのための助成制度も整備されつつある。教育現場で障害を持つ者が働くことには教育面からも意義がある。被告は実質的には横浜市教育委員会と一体となっている団体であり、国や横浜市の障害者雇用促進の方針を率先して果たすぺき立場にある。一方原告は、労働環境を整備することで原職復帰は十分可能である。また、原告が職業病に起因する中途障害者であることも考慮されるべきである。 これら本件の事情からすれば、裁判所による法的判断を待つまでもなく、被告は積極的に原告の原職復帰に応ずるべきである。 裁判所におかれては、被告が原告の原職復帰を前提とした和解に応ずるよう勧告されることを求める。なお、勧告の趣旨が正確に伝えられ、被告の内部において十分な検討がされるために、和解勧告は書面によりされるよう求める。 以上 |