2001.1.31
第二審・東京高裁 判 決
原文は、「原判決(一審判決)」のどの部分をどのように訂正し、削除し、どこに何を挿入するか」という書き方をしていて、煩雑でわかりにくいので、指定通りに直した。
もくじ
第一 控訴の趣旨
第二 事案の概要
一 事実の概要
二 争いのない事実及びかっこ書き掲載の証拠により容易に認定できる事実
1 転倒事故発生前の経過
2 転倒事故の発生
3.本件事故発生後の経過
三 争点
四 争点に関する当事者の主張
1 争点1(原告と被告とは、民事上の契約関係にあるか)について
(原告の主張)
(被告の主張)
2 争点2について
(原告の主張)
(被告の主張)
3 争点3
(原告の主張)
(被告の主張)
4 争点4(本件事故後の被告の対応の違法性)について
(原告の主張)
(被告の主張)
二 当事者が当審において補充追加した主張
1 控訴人の主張
2 被控訴人の主張
第三 争点に関する当裁判所の判断
一 当裁判所も、控訴人の請求は理由がないものと判断する
一 争点1について
二 争点2について
三 争点3について
四 争点4について
二 控訴人の請求を棄却する
高裁判決(訂正版) 主 文 本件控訴を棄却する。 控訴費用は、控訴人の負担とする。 事実及び理由 第一 控訴の趣旨 一 原判決を取り消す。 二 被控訴人は、控訴人に対し、1億1277万8580円及びこれに対する平成4年10月24日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 第二 事案の概要 一 事実の概要 本件は、障害級別二級の身体障害者(頚椎症性脊髄症による両下肢麻痺)である原告が、被告の運営する横浜市総合リハビリテーションセンター(以下「被告更生施設」という)において、リハビリテーション(以下「リハビリ」という)を受ける際に、@財産状況の調査、知能テスト、心理テスト等を受けさせられ、また、自宅での排泄、入浴動作を確認することを要求されたことにより精神的苦痛を被った、A原告が、被告更生施設でリハビリを行っていた際、円筒状の訓練用のロールが、床に落下して、原告の右足にぶつかり、原告が転倒した事故により、同人の症状が悪化し、介助者なしには日常生活が送れなくなった、B右転倒事故の後、被告が、原告に対し、右転倒事故の態様について虚偽の説明をし、原告が、被告更生施設でのリハビリの再開を求めたところ、被告がこれを拒否したために精神的苦痛を被ったと主張して、被告に対し、リハビリ契約の債務不履行又は不法行為に基づき、慰謝料合計2500万円、将来の介護費用相当額7777万8580円および弁護士費用1000万円の合計1億1277万8580円の賠償を求めた事案である。 二 争いのない事実及びかっこ書き掲載の証拠により容易に認定できる事実 1 転倒事故発生前の経過(甲16、28、乙5、10) (一)原告(昭和22年2月21日生)は、昭和42年、東京医科歯科大学歯科衛生士学校を卒業し、横浜市教育委員会の外郭団体で、市立学校の保健指導、検診、予防注射等を事業とする横浜市学校保健会に就職した。 原告は、横浜市学校保健会歯科保健事業担当歯科衛生士として、児童の歯口清掃検査・歯科保健指導を主な仕事とし、横浜市内の小学校を巡回していたが、昭和53年ころ、以前から感じていた肩凝り、腰痛、腕の痛みが仕事ができなくなるほどひどくなったため、財団法人横浜勤労者福祉協会汐田総合病院等で受診し、頸肩腕障害と診断され、治療を受けるようになった。この疾病は、業務に起因するものとして、昭和55年、横浜南労働基準監督署で職業性疾病であることが認定された。 原告は昭和55年12月まで治療のため休職した後、職場に戻り、通院治療を続けた。その後昭和63年6月、財団法人横浜勤労者福祉協会汐田総合病院の主治医より、筋肉の萎縮が発見され、脊髄の検査が必要であったので、横浜市立大学病院を紹介され、原告は、同院で頸椎症性脊髄症と診断された。原告は同年12月、横浜市立大学病院から紹介された国家公務員等共済組合連合会総合病院横浜南共済病院(以下「南共済病院」という)に入院し、平成元年1月、大成克弘医師の執刀で手術(頸椎前方固定術)を受けた。 (二)その後、原告は平成2年6月まで、同院等にて治療を受け、大成医師の紹介により、被告が運営する被告更生施設において通院でのリハビリを行うこととし、同年9月から同年12月までは、外来患者として週一回程度通院してリハビリを受け、平成3年1月7日からは、横浜市港北福祉事務所長(以下、同福祉事務所を「福祉事務所」という)の措置決定(平成3年1月1日付け)を受けて、被告更生施設での通所訓練を受けることになった。 通所訓練開始当時、原告は、外出する際、オートマティック車(非改造)を自ら運転することができた。 なお、控訴人は、昭和46年に婚姻、昭和54年に離婚し、右通所訓練開始当時、高校生の長女と二人で暮らしていた。 (三)通所訓練が開始されると、原告は、1週間のうち月曜日から金曜日の間、被告更生施設でリハビリを受けた。 平成3年1月17日まの初期評価会議に続く3か月のリハビリの計画は、以下のとおりであった。 健康管理 健康相談。 機能訓練(PT訓練) 両杖、片杖による立位と歩行訓練 筋力向上訓練 関節可動域 訓練 水中歩行訓練 (OT訓練) 筋力向上訓練 ホットパック 手工芸 心理 個別カウンセリング 職能訓練 職業相談 社会生活技術訓練 (日常生活動作) 自宅での排泄動作の確認 自宅での入浴動作の確認 自宅での 起居動作の確認 (移動) 移動訓練 住宅周辺環境確認 外出訓練 (生活) 外出訓練 自宅での調理動作の確認 創作活動 (四)原告の被告更生施設入所措置決定(平成3年1月1日)に先立ち、原告に対し、財産状況の調査、知能テスト・心理テスト等が実施された(実施主体が誰であるかについては、争いがある)。 (五)平成3年1月7日から17日までの初期評価期間中、原告に対し、性格検査、心理相談を行う「心理」の実施が予定されていた。 (六)通所訓練開始後、被告更生施設は、原告に対し、排泄、入浴の模擬動作を自宅で原告が行い、指導員が評価することについて同意を求めたが、原告はこれを拒否した。 2 転倒事故の発生(甲16、49、乙12、13) (一)平成3年2月26日午前9時半ころ、原告は、被告更生施設2階の運動療法室(PT室)において、ロフストランド杖を両手に装着し、長下肢装具を左足に装着した状態でリハビリを行っていたところ、同室の南西角に設置してある訓練用の平行棒上に置いてあった訓練用ロール(直径約30センチメートル、長さ約90センチメートル、重さ約10.9キロ[甲49、乙13]。以下「本件ロール」という)が同室の床に落下し、そのまま床を転がり、原告に接触した。 原告は、右接触の後、床に転倒した(転倒の態様については争いがある。右の転倒事故を以下「本件事故」という)。 (二)本件事故の後、原告は、同日午後は、車椅子による移動訓練を20分程度行ったほか、ソファーで横になったりしていた。そして、午後4時ころ、自ら自動車を運転して帰宅した。 3.本件事故発生後の経過(甲1ないし14、16、17、44、45、乙6、12) (一)原告は、平成3年2月28日、南共済病院の大成医師の診察を受けた。原告は同医師に、被告更生施設に通所できない旨の診断書の作成を求めたが、同医師はその旨の診断書を書かなかった。原告はその後、同年5月末ころまで、2週間に1回程度の割合で、南共済病院に通院した。 (二)原告は被告更生施設職員に対し、一週間の安静期間を大成医師が設けた旨を連絡した。また、原告は、福祉事務所の飯田美和子ケースワーカーを通じて、被告に対し、今後の訓練のこと等について相談したいと申し入れた。これに応じて、平成3年4月4日、被告更生施設の担当医師の高塚博医師、大場純一生活指導員、福祉事務所の飯田美和子ケースワーカーの3名が原告宅を訪問した。この時、高塚医師は本件事故の態様について「前向きに倒れたと聞いている」と述べた。 そこで、原告は、責任のある立場の人との話合いを求め、平成3年4月12日に、秋田裕理学療法士(以下「秋田理学療法士」という)及び被告の常務理事で総合相談部長の庄子哲雄(以下「庄子」という)との話合いをした。 同年4月22日、被告は原告に対し、次のような内容の報告書を渡した。すなわち「ロールは、歩行中の徳見康子殿の約3メートル50センチメートル離れた右側方から、ゆっくりと本人の方へ近ずいていきました。ロールの床に落ちた音にて、本人も右側方を向き、ロールを認めておりましたが、ロールは、運動療法室見取図に示す×の場所で本人に接触しました。ロールが、右下肢に接触した時は、立位保持しておられましたが、約1秒の後、前方に両手を接地し、左下肢は、伸展外転位のまま、右膝を接地した後、右大腿外側より床に座りこんでしまいました。その様子は、図1から図5に示すようなものでした。その後、本人へ『大丈夫ですか』と問いかけると、『大丈夫です』と返答され、本人は、椅子の座面を使用して立ち上がり、その後、定例の訓練課題を消化しました」という内容であった。右報告書には、「見取り図」や「図1ないし5」といった別紙が添付されていなかった。 そこで、同年4月26日、原告は、庄子らと会い、報告書の内容の不当性を訴えてこれを返すとともに、転倒事故の原因を明らかにし、対策を講じること及び原告に対し謝罪することを求める要望書を渡した。 しかし、被告は、原告に対し、同年5月1日付けで、事故状況を書面で提出するよう求め、あわせて、原告が提出した要望書を送り返してきた。 原告は、同年5月下旬ころから、森田明弁護士に被告との交渉を依頼した。 (三)その後、原告は、被告に対し、事実関係を確認するため、現場で本件事故を再現することを申し入れ、被告更生施設の許可を得て、平成3年5月30日に本件事故の現場である運動療法室(PT室)で、庄子の立会いの下、事故の再現を行った(甲1)。 右再現の結果をもとに、原告は、事故報告書を同年6月25日付で作成し、被告に渡した(甲3)。 被告は、原告に対して、右報告書の内容を検討した同年7月9日付け及び同月10日付けの各事務連絡文書を送付した(甲4、5)。 (四)ところで、原告は、平成3年5月30日に南共済病院の大成医師の診察を受けた際、同医師に対し、リハビリ再開のための診断書の作成を求めたが、同医師は、患者との信頼関係がないとしてこれを拒否した。原告は、同年6月7日以後、武蔵野赤十字病院(以下「武蔵野日赤」という)の杉井吉彦医師(以下「杉井医師」という)の治療を受けるようになった。 一方、原告は、平成3年7月10日、被告更生施設の担当医である伊藤利之医師(以下「伊藤医師」という)の診察を受けた。伊藤医師は、原告に対し、診察に基づき、被告更生施設では、症状の安定している人を対象にしていること、リハビリは主治医の下で行うのが適当であることを述べた。 原告は、同年7月25日、南共済病院の大成医師の診察を受け、右診察の後、被告に対し大成医師もリハビリ再開を支持している旨伝えた。 原告は、同年9月12日に被告更生施設内の診察室を訪れたが、伊藤医師の診察は受けなかった(伊藤医師が診察を拒否したか否かについては争いがある)。 原告は、同年12月6日に武蔵野日赤の杉井医師を受診し、同月20日付けの同医師作成の診断書(頚椎症性脊髄症による疼性麻痺に対して理学療法の必要がある旨の記載がある。)の発行を受けた上、森田明弁護士を代理人として、右診断書」を加え、6行目の「申し入れた」を「申し入れる旨の書面を郵送した」に改め、9行目の「ビラ」の次に「(被控訴人が控訴人の人権を踏みにじる重大な差別事件を起こしたなどとするもので、控訴人が本件事故後に頭痛、吐気等の神経症状を発症し、医師から一週間の絶対安静を指示され、安定するまで10か月もかかること、現在は左腕の不随意運動等が発症し、車の運転の再開もままならない状態であることなどが記載されている。)の写しを添付して、同月26日付けで、被告更生施設に対し、リハビリ再開のための受診を申入れた(甲9)。 (五)右受診申入れに対し、被告は、平成4年1月10日付けの書面で回答した(甲10)。右回答の内容は、原告の支援者が平成3年9月にまいたビラを同封した上、「これまでの話し合いの中で表明されている『体調の不良』などの身体症状がある以上は、機能回復訓練は無理なのではないでしょうか。すくなくとも当センターで行うことは困難と考えております。従いまして、そのような身体状況も含めて総合的な医療管理のできる病院などで訓練をなさるのが適切かと思います」というものであった。 原告は、平成4年2月12日、原告宅において、庄子との話合いをした。その際、原告は、平成3年11月ころから、吐気等はなくなったこと、杉井医師がリハビリ訓練をできないはずがないと言っている旨を説明した。 被告は、原告に対し、平成4年2月13日、同年1月10日付けの書面についての補足説明文書を送付した(甲11)。右文書内容は、「前記(平成4年1月10日付け)文書は、徳見さんがこれまで訴えてきている頭痛・吐気・めまい等の身体症状が継続しているとの前提で書かれており、その限りでは『機能回復訓練は無理なのではないでしょうか』と問いかけ、あわせて、むしろ『総合的な医療管理のできる病院』(例えば、当センターのような診療所ではなく総合病院等)での訓練をお勧めしたわけです。しかし、2月12日のお話し合いの中で、徳見さんは、私どもには初めて『前記身体症状はなくなった』と述べられました。つきましては、徳見さんの現在の主治医である武蔵野日赤の杉井医師から、別紙の内容(頭痛・吐気・めまい等の身体症状がなくなった経過及びその間の医学的処置、臨床所見・検査等)について所見をいただきたいと思います」というものであった。 原告は、被告の右要請を了解し、庄子が、平成4年2月19日に杉井医師に面談して説明を受けた。その後、杉井医師から被告に対し、原告の症状を説明する文書が送られ、その結果、伊藤医師も含めて、原告のリハビリ再開についての話合いを、同年3月18日に持つことになった(甲12)。 原告は、同日、被告更生施設内で庄子及び伊藤医師と話合いをした。その際、被告は、被告更生施設でリハビリを行うことは困難である。リハビリを行うには、実際に手術をした大成医師の下でやるのが一番良いとの見解を示したため、原告は、森田明弁護士を代理人として、被告に対し、同年3月23日付けで、@被控訴人更生施設で控訴人の訓練をすることはできないと判断するのか、そうだとすればその根拠は何か、A被控訴人更生施設と控訴人との関係はどうなるのかについて、被告の見解を文書で回答するように求めた(甲13)。 同月30日、被告は、原告に対し、右回答を送付した。その内容は、右@について、右3月18日に伊藤医師が伝えたのは、控訴人が現在訴えている種々の身体症状に対しては、十分な医療対応が可能な総合病院などの整形外科医の下で機能回復訓練を行うのが望ましく、被控訴人更生施設で行うのは難しいというものであり、控訴人の機能回復訓練は医療に関することであるので、被控訴人としては伊藤医師の判断に従うべきものと考えている、Aについて、控訴人は現在福祉事務所により被控訴人更生施設に措置されている関係にあるので、被控訴人としては、しかるべき時に福祉事務所と話し合う必要があろうかと考えているというものであった。 三 争点 1 原告と被告とは、民事上の契約関係にあるか。 2 本件事故前の財産状況の調査、知能テスト、心理テスト、被告更生施設のカリキュラムとしての「心理」は、原告のプライバシーを侵害するか。また、被告が原告の排泄動作、入浴動作を確認することは原告のプライバシーを侵害するか。 3 本件事故の態様、被告の注意義務違反 4 本件事故後の被告の対応の違法性 四 争点に関する当事者の主張 1 争点1(原告と被告とは、民事上の契約関係にあるか)について (原告の主張) 原告は、平成2年8月23日、南共済病院の大成医師の紹介により、被告が運営する被告更生施設の予約手続をし、同年9月5日、右予約に基づき、被告更生施設を訪れ、総合相談部の受付をした後、リハビリ科の外来で桂律也医師の診療を受け、しばらくリハビリのため通院することになった。これにより、原告と被告との間で、被告が原告に対して継続的にリハビリを給付することを内容とするリハビリ給付契約が成立した。 その後、平成2年12月17日付けで福祉事務所から被告更生施設に対して原告の入所についての委託申込がなされ、同月27日付けでこれに対する被告更生施設の承諾がなされ、平成3年1月1日付けで福祉事務所により被告更生施設への入所措置決定がなされたが、同日以降の原告と被告との関係も、やはりリハビリ給付契約の当事者の関係である。 被告は、平成3年1月7日以降の被告更生施設における訓練は、身体障害者福祉法(以下「身障法」という)に基づき、福祉事務所の委託を受けて実施したものであるから、原告と被告との間には、契約関係は成立していないと主張するが、福祉事務所からの委託の前提として、まず原告から福祉事務所に対して入所申込という手続きがとられており、福祉事務所の入所措置は、入所者の意思と無関係に決定されるわけではないし、入所者の意思に反して入所させることはできないのであるから、福祉事務所から被告更生施設に対する入所の委託申込は、実質的には、入所者たる原告の入所申込の意思表示に基づいているというべきである。 しかも、本件においては、入所措置に至る手続きが、被告更生施設の主導の下で行われており、福祉事務所の被告更生施設に対する入所委託より前に、既に被告更生施設と原告との間で、入所についての合意が成立していたものである。 また、費用の点については、入所委託後の費用は、市町村が支弁することになっているものの(身障法第35条2号)、市町村は、入所者本人又はその扶養義務者から費用を徴収できることになっており(同法38条4項)、更生訓練費(同法18条の2)も公費負担とは限らず、結局、基本的には支払能力のある入所者は、更生に必要な治療・指導・訓練の対価を支払うことになっている。 以上によれば、福祉事務所から被告更生施設に対する入所委託は、実質的には、原告の入所申込みであり、これに対して被告更生施設が入所承認通知という形で承諾したことにより、既に被告更生施設と原告との間でなされていた入所の合意が再確認され、原告と被告との間で、入所によるリハビリ給付契約が締結されたものである。(準備書面5) (被告の主張) 被告は、障害福祉事業の推進を図り、広く障害者の福祉の向上と増進に寄与することを目的とし、社会福祉事業法第2条に基づく第一種社会福祉事業および第二種社会福祉事業ならびにその他の事業を行っているが、被告更生施設は右第一種社会福祉事業として経営されている。そして、被告更生施設は、身障法に基づき、横浜市障害者更生相談所(以下「更生相談所」という)の判定を経て、福祉事務所が実施する更生援護措置により、その委託を受けてリハビリを行う身体障害者更生施設であり(身障法第5条、18条4項3号、29条)、入所者との関係は民事上の契約関係ではない。 被告更生施設への入所は、身障法に基づき、措置権者である市町村(横浜市においては福祉事務所長にその権限委託している[横浜市福祉事務所長委任規則 乙8の2])の入所措置決定に基づいてなされるものであり、その措置決定は行政処分である。 被告更生施設は、措置権者(市町村)からの委託を受けて、福祉サービスの提供という事実行為を行なうものであり、措置権者(市町村)と被告更生施設との間の関係は、公法上の準委任契約と考えられる。 一方、入所者と更生施設との間には、直接の契約関係はなく、かつ、入所者が福祉サービスを受けるのは、措置権者(市町村)と更生施設が、右のような公法上の措置委任契約を結び、更生施設が、入所者に福祉サービスを提供する債務を負ったことの効果に基づくものである。したがって、入所者は、福祉サービスが提供されなかったり、不十分であったりした場合でも、更生施設に対しては直接その履行を求めたり、債務不履行による損害賠償を請求することはできない。 このように、原告と被告との関係は、民事上の契約にあるものではない。(準備書面1) 2 争点2(財産状況の調査、知能テスト、心理テスト、被告更生施設のカリキュラムとしての「心理」は、原告のプライバシーを侵害するか。また、被告が原告の排泄動作、入浴動作を確認することは原告のプライバシーを侵害するか)について (原告の主張) (一)財産状況の審査、知能テスト・心理テストは、職場復帰のための集中的なリハビリを実施するに必要な範囲を超える情報収集である。 これら必要な範囲を超える情報収集は、直接的には、福祉事務所・更生相談所によってされたものであるが、実体としては、被告更生施設の原告に対するリハビリの一連の過程においてなされたものであり、被告更生施設と更生相談所あるいは福祉事務所との密接な関係に照らせば、右調査等は、被告更生施設が福祉事務所及び更生相談所をして行なわしめたものというべきである。 (二)被告更生施設のカリキュラムとしての「心理」は、リハビリの名のもとに障害者に対し、心身すべての状況をさらけだすように要求するものであり、右カリキュラムは、障害者本人が情報をコントロ−ルする権利すなわちプライバシーを侵害する。 原告はこれを拒否したが、被告更生施設職員は、原告に対し、「心理」を受けるように働きかけ続けた。 原告は、「心理」に疑問を感じ、これを拒否したが、受け入れることが当然であるかのように、受け入れを迫られること自体が、精神的苦痛をもたらすものであった。 仮に、原告について、心理評価が必要であったとしても、原告に対してなされた評価は、人格非難としかいいようのない内容であり、あたかも原告が要注意人物であることを広めるためのものであるかのような判定結果であるから、かかる評価のための情報収集は、原告の人格権の侵害にあたる。 (三)障害者にも判断能力がある以上、障害者自身の自己評価を無視し、本来他人が介入するべきでない排泄、入浴の場面にまで介入する必要性は認められない。被告更生施設は、障害者本人による自己評価をまったく信用せず、無視し、指導員の前での排泄動作等の実施を原告に要求した。原告は、これを拒否したが、これによって、強い精神的苦痛を受けた。(訴状) なお、原告が被告更生施設の要求を拒否し、プログラムが実施されるに至らなかったとしても、被告更生施設が原告に対し、プログラムを強要したこと自体が原告の人格権を侵害し、原告に精神的苦痛をもたらすものである。(最終準備書面) (被告の主張) (一)原告から被告更生施設の入所措置決定権限を有する市町村(福祉事務所)に対し、入所の申込みがなされ、右申込みを受けて、福祉事務所長は、原告の更生援護の必要性の有無およびその種類を判断するために、申込者の生活歴、現在の生活状況、職歴、日常生活動作能力等の調査を行うとともに(身障法9条の2第1項、9条3項2号)、更生施設への入所につき、原告にどの程度費用負担をさせるのが妥当かを判断するために財産調査を行い(身障法38条第4項)、同時に医学的、心理学的及び職能的判定を更生相談所に依頼する(昭和26年10月8日 更生省社発第89号 厚生省事務次官依命通知第5、1及び第6、2[乙8の3])。依頼を受けた更生相談所は、医学的・心理学的・職能的判定を行い(身障法11条第2項、昭和60年9月20日 社更第126号 更生省社会局長通知 第2、2(一)ないし(三)[乙8の4])、その結果を福祉事務所に通知する。福祉事務所は、右調査、判定を踏まえて更生施設への入所措置決定をして、原告の場合、被告更生施設に入所委託の依頼をした。 右のとおり、知能テスト及び心理テストは、福祉事務所の依頼を受けた更生相談所の判定業務として行われたものであり、被告が実施主体ではない。 また、財産状況の調査は、右福祉事務所が更生施設への入所および経費負担の程度を判断するために行ったものであり、被告が実施主体ではない。 なお、これらの調査・判定は、更生施設への入所の申込をした全ての者に対し、身障法等に基づき実施されるものであり、原告は、その決定に必要な家族・財産状況の調査等および判定のための心理テスト等につき包括的に承諾した。(準備書面1) (二) 原告の初期評価期間は、平成3年1月7日から同月17日までであるが、この間に「心理」の時間は3回予定されており、同月9日、14日の2回は、原告の了承の下に「心理」を実施した。 被告更生施設は、医学的のみならず、心理的、職業的更生を行う機関であり、心理的更生にあたっては、「特に入所者の心理的特性とその不適応の起因との的確な診断に基づき、各個人の適切な処置とその時期を誤まらないよう指導すること」とされ、加えて「前項の判定結果に基づき、指導措置の方針をたてる場合においては、特に更生指導の結果の難易に関する人格的類型及び特性の予診に留意すること」、「個別的に心理療法的相談助言を行う場合は、その心理的更生の効果を大にするため、医療処置、機能回復訓練および機能訓練等の更生指導と関連して適切な時期に実施するように留意すること」とされているように(昭和60年1月22日 社更第4号 厚生省社会局長通知第2章第3の3[乙8の1])、更生施設が更生相談所の心理判定とは別に、独自に心理的検査、診断、相談及び指導をすることは、更生施設の本来的業務である。(準備書面1) 何故なら、リハビリにおいては、障害の受容の程度に応じて適切な措置を施して行くことが必要であり、障害者が自己の障害の打撃から立ち直り、受容に達するまでの過程は、その人が健常者であった時期の人生体験の中で、どのような喪失体験(肉親や友人との死別、財産・職業・地位の喪失など)あるいは挫折体験(入試の失敗や失恋など)を有し、またそれからどのように立ち直ってきたかにより大きく異なるものであり、そのような意味で、病前生活、生活史の突っ込んだ把握が障害の受容に向けた援助の方針を立てるに当たって不可欠の条件となるからである。また、職員が、障害の受容に向けて適切な対応をしていくためには、リハビリ開始前の入所者の人格的特性やリハビリ開始以前からリハビリ期間中を通じてその心理状態および変化を把握することが不可欠である。 このようにリハビリを行っていく上では、入所者の現在の障害の受容の程度を知り、そのリハビリの内容および入所者への接し方を決定することが不可欠であり、そのために被告は、初期評価会議までに、入所者の現在の心理状態を把握すべく心理評価を行い、また「心理」の時間を設けているのであって、これらは被告更生施設における障害者の自立を図るうえでは不可欠のものである。(準備書面3) したがって、以上のような必要性の下に、入所者に対し、「心理」を受けるように説得することは、むしろ被告更生施設の義務ともいえるものであり、その説得をもってプライバシーの侵害として許されないとすれば、おおよそ効果的なリハビリなど不可能である。 ただし、心理的更生をの効果を大にするためには、本人の了承の下に実施する必要があり、原告場合、前記のとおり、初期評価期間中に原告の了承を得て実施した2回の検査以外は原告が拒否したことから、被告更生施設は実施を見合わせ、原告の理解が得られるまで待つことにした。(準備書面7) (三)被告が原告に対して確認を要求した動作は、衣類着用のまま、生活拠点(自宅)においての浴槽の出入り動作、便座への移乗の模擬動作である(入浴動作、排泄動作そのものではない)。 身障法に規定する更生は、「単に職業的、経済的自立を意味するものではなく、広く身体障害者の日常生活の安定を含」むとされており(昭和59年9月28日 厚生省社第786号 厚生事務次官通知第2、1[乙8の5])、また、重度の肢体障害者の場合、入浴・排泄等生活拠点での動作を確認してその支援策を講じることは更生施設として当然行うべきことである。原告は障害級別2級の障害者であり、日常生活の様々な点で支障をきたしていたので、原告が自宅での生活動作の確認や自宅周辺の環境の確認等その多くを不必要として拒否していたとはいえ、被告の専門的観点からは必要と思われるものもあった。(準備書面1) また、社会生活技術訓練を行う上では、本人から直接日常生活動作(ADL)および生活関連動作(APDL)を聴取する必要があることはもちろん、それだけでは不十分で、実際の動作を確認して、客観的に評価し、また、必要な場合は、家庭における日常の動作をも確認して、客観的に評価し、右確認および評価の過程の中で問題点を把握し、それが実用的なものになるように、入所者との間で、ゴール(リハビリ目標)と訓練プログラム(リハビリ)とを設定し、入所者と被告更生施設が、共通認識に立って、具体的なリハビリを実施していくものである。(準備書面3) しかし、このような確認を原告に無理強いしても、訓練効果があがらないばかりか、心理的更生の面からもかえってマイナスになることから、被告は、原告が拒否したものは実施しないこととし、原告の理解の得られる時期を待つことにした。(準備書面7) 3 争点3(本件事故の態様、被告の注意義務違反)について (原告の主張) 原告は、平成3年2月26日、いつものように理学療法訓練を受けるために被告更生施設に行き、午前9時ころ、被告更生施設2階運動療法室において、ロフストランド杖を両手に装着し、長下肢装具を左足に装着した状態で、階段昇降訓練と斜面台でのアキレス腱伸ばし訓練をした。 原告は、午前9時半ころ、同室に設置されている平行棒での訓練をするため、その平行棒を見たところ、その上に円筒状の訓練用器具(本件ロール)が乗ったままになっていた。原告は、どうすべきか判断を仰ぐため、平行棒の傍らのマット上で他の通所者の筋伸ばしをしていた宮崎貴朗理学療法士(以下「宮崎理学療法士」という)の所へ行こうとした。その際、原告は、平行棒の端から約 1.8メートルの位置に立っていた。すると、本件ロールが平行棒の上から落下して床に落ち、原告の立っていた位置で原告の右足にぶつかったため、原告は、転倒しないようにふんばった後、結局その衝撃でバランスをくずしてその場において全身の筋肉が緊張した状態で後方に転倒して、背中を床に強打し、頚部に衝撃を受けた。 本件事故により、原告は転倒直後から、首から肩、腕の深部にかけて電気が走るような連続した痛みと体全体の脱力感、倦怠感、疲労感を覚えるようになり、それまではロフストランド杖や長下肢装具を使用して自立歩行できたのに、転倒直後からはそれができなくなり、移動のために車椅子を使用するようになった。 原告は、同日は、午前11時の作業療法訓練の時から左手が震えてピンセットがつかめず、作業のために両腕をあげていることが困難になり、正午の昼食では、腕の痛みで箸が使えず、同日午後は体の痛みと疲労感のためソファーで横になり、その合間に被告更生施設が用意した車椅子に乗って移動訓練を少し行って、午後4時ころにやっとのことで帰宅した。(訴状) 以上のような本件事故の態様からすると、被告には、本件ロールを用いてリハビリをするに際しては、本件ロールが平行棒から落下して患者に衝突することのないように十分配慮すべき注意義務があったこと、それにもかかわらず、被告がこれを怠ったことにより本件事故が起こったことが明らかである。 (被告の主張) 平成3年2月26日午前9時半ころ、原告は、被告更生施設2階の運動療法室において、西窓側から1番めの平行棒を使っての立位保持訓練を終了し、次の傾斜台での訓練前にいつものとおり一時休憩するため運動療法室内を両側ロフストランド杖、左足に長下肢装具を装着して西側窓の平行棒からマット訓練台前のベンチに向かって歩行していたところ、西側窓から3番目の平行棒前で椅子に座っていた他の訓練者(小栗某)が立ち上がる際、同人が訓練に使用していた本件ロールを高さ82センチメートルの平行棒上より誤って落下させてしまった。落下後、本件ロールは、床を転がって、落下地点から約 3.5メートルの地点で原告の右足外側に側方から接触し、その1秒後に原告は、前方に両手を接地し、左下肢は、膝が伸びたまま横に開いた状態で、右膝を接地した後、右大腿外側より床に座り込んだものである。 したがって、原告が主張するような背中を床に強打し、頚部に衝撃を受けたという事実はない。(準備書面1) 右転倒後、原告は、当日の午前中の訓練として残っていた傾斜台での立位保持しての足関節底屈筋群の持続的伸張訓練および杖歩行による屋内廊下での歩行訓練(長下肢装具を装着してロフストランド杖で約 270メートル歩行するもの)をいつものとおり消化し、さらに作業療法訓練のプログラムを消化した。 午後1時からは、杖歩行による屋外移動訓練の予定であったが、原告が「杖歩行ができない」と言ったので、車椅子による移動訓練に変更し、それを20分程度行った後、1階の一般食堂で生活指導員と、税金の確定申告や自動車運転免許の更新の話などをし、午後2時すぎに、3階のデイルームに上がってきてソファーに横になって休憩した後、午後4時ころ長下肢装具を装着し、ロフストランド杖によって駐車場まで歩いて行き、自ら自動車を運転して帰宅した。(準備書面1) 以上のように、本件事故は、単に原告が床に座り込んだに過ぎないものであり、加えて両側ロフストランド杖と長下肢装具を装着した状態においては、原告は、本件事故当時、遠位での看視で足りるほどの運動能力を有していたこと、本件ロールは容易に転がるようなものではないことに照らせば、被告にロールを片付け、原告の身体の安全に配慮すべき注意義務は認められない。(最終準備書面) 4 争点4(本件事故後の被告の対応の違法性)について (原告の主張) (一)本件事故発生直後に、付近にいた理宮崎学療法士らの職員が、転倒状況および負傷の状況を確認し、その後の訓練を実施するか否かについて、原告の意見も聞いた上で判断すべきであった。本件の場合、それ以降の訓練を中止し、安静とすべきであった。しかるに、被告は、かかる義務を怠り、事故後も午後の訓練を実施させた。 (二)本件事故後の平成3年2月28日、原告は、南共済病院の大成医師を受診したところ、同医師は、一週間の絶対安静を指示した。原告が、かかる安静を必要としていた時期は、単独で外出できなくなった原告の状況を把握し、これを踏まえて、今後のリハビリをどうするかについて、原告の意向も踏まえて、方針を示すことにより、原告に不安を与えないようにすべき義務があったのにこれを怠った。 また、本件事故の原因については、事故後、原告が安全に訓練をするために、原因を明らかにすべきであり、これを調査し、事実を解明すべき義務があったのに、原告の説明には耳を傾けようとせず、原告が故意に転倒したかのような事実に反する報告を前提とした対応をした。 (三)原告の症状が安定した時期には、被告には、原告のリハビリを再開すべき義務があった。医師が、リハビリを再開すべきとの診断をし、本人もそれを望んでいた原告の場合は、当然に、リハビリを再開すべきであった。(最終準備書面) (四)また、被告のところでリハビリができないのであれば、より適切な施設を紹介すべき義務があるのに、それをせずにリハビリを拒否し続けた。 (被告の主張) (一)本件事故発生直後、宮崎理学療法士は、直ちに転倒状況及び負傷の状況を確認し、原告に対し、「大丈夫ですか」と尋ね、原告は、「大丈夫です」と答えたことからその後の訓練を実施した。 (二)本件事故後、体調の不調を訴えた原告に対し、被告の職員は、被告更生施設内での診療所での診察を勧めたところ、原告がこれを拒否した。また、本件事故後も、福祉事務所の飯田美和子ケースワーカー、高塚博医師、大場純一生活指導員等が、何度も原告の自宅を訪問した。 (三)原告が、本件事故後、様々な主訴を訴え、また、事故後の話合いの経過により、被告更生施設スタッフと原告との間の信頼関係が完全に失われた状況の下で、被告が、原告に対し、整形外科医のいる病院でのリハビリが妥当であると判断し、これを勧めたものであり、被告の右行為は、正当である。(最終準備書面) また、被告更生施設で行う医学的治療・訓練は、人的物的に自ずと限界があり、入所後の身体上の変化により、いったん主治医のもとに返したり、総合病院へ行くように促すことは、しばしばあることである。原告の場合、首という難しい部分の手術後であり、かつ身体の不調を繰り返し訴えていることから、実際に手術をした主治医のもとか、十分な治療設備をもった総合病院で訓練を行うのが最も適切な処置であるというのが伊藤医師の意見であった。(準備書面1) (四)被告は、右のような伊藤医師の見解に基づいて、整形外科医の専門的な治療施設や精神科医の総合的な医療態勢を有する南共済病院でのリハビリを原告に対して勧めたから、原告の主張するような注意義務違反はない。(裁判所) なお、被告更生施設における医学的訓練(理学療法訓練、作業療法訓練)は、更生施設の担当医師の指示にしたがって施行することが義務づけられており(理学療法士および作業療法士法15条)、担当医師は、他の病院の医師の所見等を参考にはするものの、リハビリの専門的な見地から当該更生施設における理学療法等が適当か否かを判断するもので、他の病院の医師の判断が、担当医の判断より優先するものではない。(準備書面1) 二 当事者が当審において補充追加した主張 1 控訴人の主張 (一)争点1について 原判決は、控訴人と被控訴人との間の契約関係を否定したが、福祉事務所長から被控訴人更生施設に対する入所委託は、実質的には控訴人の入所申込みであり、被控訴人がこれを承諾したことにより、既に控訴人と被控訴人との間でされていた入所の合意が再確認され、控訴人と被控訴人との間で入所によるリハビリ給付契約が締結されたというべきである。 (二) 争点2について (1) 入所措置決定前の福祉事務所、更生相談所による知能テスト、心理テストは、福祉事務所の依頼を受けた更生相談所が実施主体であるが、実態としては被控訴人更生施設の控訴人に対するリハビリの一連の過程においてされたものであり、被控訴人が福祉事務所及び更生相談所をして行わしめたものというべきである。 (2) リハビリは、リハビリを受ける障害者の主体性を尊重し、インフォームドコンセントと自己決定を原則として、障害者を計画作成の過程に参加させ、その過程で障害者に対し十分な説明がされ、障害者の同意を得た上で行われるべきものであるから、障害者が真意に反してリハビリの実施に同意させられたり、これを拒否した場合に事実上の不利益を課されたりすれば、人権侵害であり、債務不履行、不法行為を構成するというべきである。 本件においては、リハビリの計画は被控訴人更生施設側が一方的に作成し実施を要求したのであり、性格検査、心理相談を行う「心理」についても必要性を明らかにしないままに、控訴人に対しこれを受けるように強く迫ったのである。また、控訴人が「心理」を拒否したことにより、控訴人に対するプール内での運動療法や交通機関利用の訓練を取りやめにし、控訴人を「仲間外れ」にした。 さらに、控訴人は、歯科衛生士の仕事への復帰のためのリハビリを希望していたのであるから、心理評価の必要性自体疑問である。仮に心理評価が必要であるとしても、控訴人に対してされた評価の内容は、常軌を逸したものであり、人格非難といわざるを得ない。 以上に照らせば、控訴人に対し、説明も同意を求めることもなく実施された知能テスト、心理テスト、「心理」のカリキュラム、「心理」の評価内容等は、控訴人のプライバシーを侵害するものというべきであるし、被控訴人による心理テスト、「心理」のカリキュラムは、そもそも不必要かつ不適切なものであるから、控訴人がこれに同意しようがしまいがその強要は控訴人のプライバシー等の人格権を侵害するものである。 また、入浴動作、排泄動作の確認は、仮に控訴人に要求したのが模擬動作の実施であったにしても、かかる動作をさせられることは屈辱感を伴うものである上、控訴人に関しては臨床的合理性を有しないものであったから、これを控訴人が拒否して実施しなかったとはいえ、控訴人の人格権を侵害するものである。 (三)争点3について (1) 原判決は、本件事故の態様(控訴人の転倒の態様)について、被控訴人主張のとおりの態様で転倒したことが認められると認定した。 被控訴人主張の態様は、本件口―ルが床を転がって落下地点から約3.5メートルの地点で控訴人の右足外側に側方から接触し、その一秒後に控訴人が前方に両手を接地し、左下肢は膝が伸びたまま横に開いた状態で、右膝を接地した後、右大腿外側から床に座り込んだというものである。 しかしながら、次のとおり、右認定は誤りである。 ア 本件口ールは、直径が約32センチメートル、長さが約91センチメートルの円筒形で、重量は約11キログラムあり、芯は木製でその回りに約3センチメートルほどの幅のスポンジ様のものが巻き付けられており、そのため、平行棒から落下して約3.5メートルも床を転がることはあり得ない。 イ 控訴人は、本件事故当時、頚椎症性脊髄症による両下肢麻庫により第一種二級の身体障害者に認定されていたのであり、被控訴人主張のような態様の動作をすることは不可能である。 ウ 原判決は、控訴人が本件事故後に傾斜台での立位保持による足関節底屈群の持続的伸張訓練及び杖歩行による屋内廊下での歩行訓練を行ったことを認定しているが、控訴人は、本件事故後に車椅子を求め、生活訓練係の井上指導員に車椅子で搬送してもらつているのであるから、杖歩行による歩行訓練をしたとの事実認定は誤りである。 そして、控訴人の転倒後の訓練状況は重いダメージを受けていたことを物語るものであり、原判決がこれを軽く評価して本件事故の態様及び控訴人の受傷の有無の事実認定の根拠としたのは誤りというべきである。 (2) 前記(一)のとおり、控訴人と被控訴人との間には契約関係があるから、被控訴人は、本件事故の発生について、契約上の安全配慮義務に違反したものとして損害賠償責任を負う。 仮に控訴人と被控訴人との間の契約関係が認められないとしても、被控訴人は、控訴人に対して信義則上の安全配慮義務を負う関係にあるから、本件事故の発生について損害賠償責任を負うというべきである。 (四)争点4について 本件において、福祉事務所は控訴人についての措置決定をいまだに解除していないのであるから、被控訴人は、少なくとも福祉事務所との関係ではリハビリを実施する義務を負っているものである。 ところが、被控訴人は、本件事故後、医学的合理性もなく、納得のいく説明もなしに控訴人に対するリハビリを打ち切ったものであり、控訴人の人権を侵害するものであることは明らかというべきである。 2 被控訴人の主張 (一)控訴人の主張(前記1)(二)について (1) 控訴人は、「心理」のカリキュラムを拒否した結果、プール内の運動療法や交通機関利用訓練を取りやめにされたと主張するが、リハビリテーション計画書(甲16の28)につき控訴人の同意が得られたのは平成3年2月8日であり、その後右計画書に従って訓練を行っていたが、プール内の運動療法や交通機関利用訓練を行う前に本件事故が発生し、訓練ができなかったにすぎない。 (2) 控訴人は、心理評価の必要性自体疑問であると主張するが、控訴人の訴えている身体障害については、診察所見で、脊髄神経の器質的損傷によって生じる障害に心理的反応(心因反応)による障害がプラスされている可能性が認められており、理学療法士や作業療法士による身体機能的アプローチとともに、心理的アプローチを加えながら一定期間訓練頻 度を増し治療する必要性があると判断されていたものであって、専門的な見地からは、 「心理」の時間の必要性があったものである。 したがって、その必要性の下に、「心理」を受けるように説得することはむしろ医師等の義務ともいえるものであり、その説得をもってプライバシー侵害として許されないとすれば、およそ効果的なリハビリの実施は困難となってしまう。もっとも、心理的更生の効果を大にするためには、本人の了承の下に実施する必要があり、被控訴人は控訴人の理解 が得られるまでその実施を見合わせていたのである。 (3) 控訴人は、入浴、排泄動作の確認を非難するが、控訴人は、平成3年1月8日及び9日の時点で、入浴、配膳、掃除、ゴミ捨て等生活のかなりの部分につき問題を抱えており、かつ、家族の介護を受けていたものであり、このような控訴人の日常生活動作(身の回りの動作等)及び生活関連動作(家事動作等)の状況からすれば、控訴人に対し訓練の必要性を判断し、また、訓練内容を決定するためには、自宅での日常生活動作及び生活関連動作を把握して評価することが専門的な見地からすれば必要であった。 (二)控訴人の主張(前記1)(四)について (1) 控訴人は、リハビリの打切りを非難するが、本件事故をきっかけに控訴人と被控訴人更生施設の医師、理学療法士らスタッフとの間の信頼関係は完全に失われてしまい、かつ、控訴人において頭痛、吐気、めまい等の自覚症状を訴えており、その後右自覚症状は改善されたものの、一部震え等の自覚症状を訴えている状況では、控訴人の手術を担当した南共済病院の大成医師の下でリハビリを行うことが妥当であり、整形外科の専門的な治療施設や精神科医等の総合的な医療体制のない被控訴人更生施設でリハビリを行うのは適切でない。 被控訴人更生施設の伊藤医師は右のとおり判断したものであり、同医師の判断を無視して被控訴人更生施設でリハビリを継続することは、かえって控訴人のリハビリを困難にし、身体的にも控訴人を危険ならしめる恐れがある。 そして、控訴人を危険にさらすことなく、責任を持ってリハビリを実施するためには、主治医の診療所見及びリハビリ再開に支障がないとの説明を受け、被控訴人更生施設のリハビリ専門の医師が可能と判断しない以上再開はできないものであるところ、大成医師からも、その後控訴人の主治医となった武蔵野日赤の杉井医師からも、リハビリの再開について判断できるほどの所見は示されなかった。 (2) 控訴人についての福祉事務所の入所措置決定は、現在まで解除されていないが、措置決定を解除するか否かは、福祉事務所が判断するところであって被控訴人の権限外である。 そして、前記(1)に照らせば、措置決定が解除されていなくても、被控訴人更生施設におけるリハビリを継続することは不適切である。 被控訴人更生施設としては、委託を受けた障害者につき、医学的に専門的な見地から効果的なリハビリを実施するものであるが、委託を受けた障害者につき責任を持ってリハビリが遂行できないような状況に至った場合は、リハビリを中止せざるを得ないし、措置権者のためにも中止すべき義務がある。 なお、リハビリの中止について、平成3年4月4日、福祉事務所のケースワーカーが被控訴人更生施設の担当職員と共に控訴人方を訪問して確認しているし、リハビリの再開について、同年5月1日、被控訴人は、福祉事務所に対し、控訴人から診断書が出された時点で検討する旨を報告している。そして、措置の解除について、被控訴人は、同年3月24日、更生相談所経由で福祉事務所に打診したが、控訴人から診断書の提出がなかったことや、控訴人との間でリハビリ再開に関する話合いが持たれていたこと、その後訴訟が提起されたことから、措置解除の手続が保留されたまま今日に至っているものである。 (3) 控訴人は、被控訴人更生施設でリハビリを実施できないのであれば、より適切な施設を紹介すべき義務がある旨主張するが、当時、控訴人が望んでいた医学的な機能回復訓練であれば、リハビリ施設のある医療機関においてはどこでも対応可能であったし、控訴人のように継続して主治医の診療を受けている患者については、主治医を無視して他の病院を紹介するということはできないものである。 第三 争点に関する当裁判所の判断 一 当裁判所も、控訴人の請求は理由がないものと判断する。 その理由は、次のとおりである。 一 争点1(原告と被告とは、民事上の契約関係にあるか)について 1 証拠(甲15、16の4ないし8、23、乙8の2ないし4、10)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。 (一)身障法27条4項は、「社会福祉法人その他のものは、社会福祉事業法の定めるところにより、身体障害者更生援護施設を設置することができる」と定めているところ、被告は、右規定に基づき、社会福祉事業法第2条に定める第一種社会福祉事業および第二種社会福祉事業ならびにその他の事業を行うものである。 (二)身障法9条1項は、身体障害者に対する援護の実施者を原則としてその身体障害者の居住地の市町村と定め、同条3項は、市町村が同項各号に掲げる業務(1号 身体に障害のあるものを発見して、又はその相談に応じて、その福祉の増進を図るために必要な指導を行うこと。2号 身体障害者の相談に応じ、その生活の実情、環境等を調査し、更生援護の必要の有無及びその種類を判断し、本人に対して、直接に、又は、間接に、社会的更生の方途を指導すること並びにこれに付随する業務を行うこと)を行うべきことを義務づけている。 (三)身障法18条4項は、「市町村は、身体障害者の診査及び更生相談を行い、必要に応じ、次の措置を採らねばならない」と規定し、「次の措置」の内容として、同項3号は、「身障法更生援護施設への入所又はその利用を必要とする者に対しては、当該地方公共団体の設置する当該施設に入所させ、若しくはそれを利用させ、又は国若しくは他の地方公共団体若しくは社会福祉法人の設置する当該施設にこれらの者の入所を委託すること」と規定している。 (四)そこで、入所希望者から身体障害者更生援護施設の入所措置決定権限を有する市町村(横浜市においては横浜市福祉事務所長委任規則(9)[乙8の2]により、福祉事務所長にその権限が委任されている)に対して入所の申込みがなされると、右申込みを受けて、福祉事務所は、当該申込者の更生援護の必要性の有無、その種類を判断するため、申込者の生活歴、職歴、日常生活動作能力等の調査を行うとともに(身障法9条の2第1項、9条3項2号)、費用負担の程度を判断するため財産調査を行い(同法38条4項)、医学的、心理学的及び職能的判定を更生相談所に依頼する(同法9条5項、昭和26年10月8日 更生省社発第89号 厚生省事務次官依命通知第5、1及び第6、2[乙8の3])。依頼を受けた更生相談所は、医学的、心理学的及び職能的判定(その一環として、知能テスト、心理テストを実施)を行い(同法11条2項、昭和60年9月20日 社更第126号 更生省社会局長通知 第2、2(1)ないし(三)[乙8の4の1])、その結果を福祉事務所長に通知する。福祉事務所は、右調査、判定を踏まえて、更生施設への入所措置決定をして、被告更生施設に入所委託の申込みをし、被告更生施設がこれを承諾することにより、被告更生施設は、申込者に対して、更生援護を行うことになっている。 (五)身障法35条は、同法18条の規定により市長村長が行う行政措置に要する費用は、市町村が支弁すべきものとし(2号)、同法38条4項は、「身体障害者更生援護施設への入所若しくは入所の委託が行われた場合においては、当該行政措置に要する費用を支弁した市町村の長は、当該身体障害者から、その負担能力に応じ、その費用の全部又は一部を徴収することができる」旨を規定している。 (六)本件で、原告の被告更生施設への入所に至る経緯も右と同様であり、具体的には、福祉事務所長は、原告の申込みを受けて調査、判定を行い、その結果、平成2年12月17日、被告更生施設に対し、原告の入所委託の申込みをした(甲16の4)。被告更生施設は、同月27日、右申込みを承諾した(甲16の5)。そして、福祉事務所長は、平成3年1月1日付けで、原告の被告更生施設に対する入所措置決定をした(甲16の6)。そして、同年1月7日から原告の被告更生施設における訓練が開始された。 2 右のような身障法の構造に照らせば、被告更生施設への入所措置は、行政処分であり、施設入所者(原告)と被告更生施設との関係を民事上の契約関係と捉えることは困難である。原告が、福祉サービスを受けるのは、原告と被告更生施設との間の契約の効果としてではなく、措置権者たる市が入所措置を採り、市と被告更生施設とが措置委託契約を結んだことにより、被告更生施設が市に対して福祉サービスを提供する債務を負ったことの効果に基づくものであると考えるべきであるからである。 原告と被告更生施設との間に私的な契約関係が生じていない以上、仮に被告更生施設の提供する福祉サービスが不十分なものであったとしても、原告は、被告更生施設に対し、債務不履行による損害賠償を請求することはできない。 二 争点2(財産状況の調査、知能テスト、心理テスト、被告更生施設のカリキュラムとしての「心理」は、原告のプライバシーを侵害するか。また、被告が原告の排泄動作、入浴動作を確認することは原告のプライバシーを侵害するか)について 1 証拠(甲16(枝番のすべてを含む)、29、30、乙8の2ないし4、10の1ないし3、12、原告本人)と弁論の全趣旨を併せて考慮すれば、以下の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。 (一)更生相談所は、福祉事務所長の依頼を受けて、平成2年11月初めころ、控訴人に対する医学的及び心理学的判定として、@知的には標準レべルで、一般的な知識、常識を備え、論理的思考は良好だが、主観的に事柄を判断し自己主張するタイプのように思われる、A移動は装具利用の歩行が可能で、自動車運転(非改造)により活動的な生活を過ごしている、BADLは排泄面で不自由(オムツ使用)な点も見られるようだがすべて自立している、C性格的には明るく落ち着いた対応をする反面、神経質で警戒心が強く、他人の評価を気にして敏感に反応する、障害認識はやや未熟で、復職へのこだわりがあり、現実的な感覚に乏しいようである、D以上の点から、今後は障害受容を高め、機能訓練や社会訓練を通じて将来的な生活設計の見極めを図ることが望まれ、当面は障害認識を図り、社会技術訓練、歩行訓練、体力向上(筋力強化)及び職能評価等を目的に身体障害者更生施設への通所が適当と判断するなどと記載した総合判定書(乙10の1)を作成した。 (二)控訴人は、平成2年11月22日に実施された入所面接において、入所目的について「復職へ向け訓練に励みたい。機能回復訓練を行い、体力、耐久力を付けたい。クラッチなしでの立ち動作、作業動作ができるようになりたい。左手の細かい作業動作の訓練をやってみたい」旨、日常生活動作について「歩行は左長下肢装具装着及び両松葉杖歩行にて制限されている。トイレは洋式にて可能。入浴は自宅では手すりがないため一部はいずるような形で行って単独人浴を行っている。食事は洋式の場合ナイフ(左手)使用が困難である」旨の説明をした。 (三)被控訴人においては、同月28日、係内カンファレンスを行い、目的を障害の心理的受容を図り復職の可能性を見極めること、生活拠点を中心とした日常生活動作の確認とし、3か月程度で見極め、その後職能移行を検討することとし、同年12月11日、総合評価会議を開き、医師の身体機能は固定している、情動失禁があり感情コントロールが難しいとの意見を踏まえ、リハビリの目標を障害受容を高め、生活設計を再構築することとした。 (四)控訴人は、平成3年1月8日及び翌9日、被控訴人による社会生活技術訓練調査において、食事の配膳、下膳は不可能、入浴の浴槽の出入りは不可能などと、日常生活動作及び生活関連動作に問題のある状況を説明した。 (五)原告の初期評価期間は、平成3年1月7日から同月17までであったが、この間に「心理」の時間は3回予定されており(うち1回は、原告の通院のため欠席)、同月9日、14日の2回は、原告が了承の上、「心理」が実施された。 しかし、原告は、現時点では必要ないとして、以後の「心理」のカリキュラムを受けることを拒否した。 (六)原告について実施された「心理」のカリキュラムにおいては、原告の同意を得て、「PーFスタディ(Rosenzweig Picture Frustration Study)」と題する心理テストが行われた。右テストの内容は、24通りの社会生活上の場面で、相手の発言に対する自分の対応を書き込むというものであり、原告は、「性格検査ですね」と言いながらも、これに全て回答した。 その結果について、被控訴人更生施設の心理担当者は、記録に「あまり反応、社会性高すぎ(優等生的な反応)、妥当性?」と記載した。 (七)右「心理」のプログラムに基づいて、被告更生施設は、同月17日、控訴人について、現状の問題点を「知的な面ではnormal」「高次機能面では問題はなし」「障害理解 現能力認識しようとしない」「精神面@相手により反応が異なり、本人の真意不明(常に注意を集めたい) A思いこみ強く、相手の意を考えられない B社会性は表面的には高いがプライド高く、攻撃的で適応性低い」と判定し、プログラムの内容を「必要時(要請があった時)個別で対応する。グループカウンセリング検討」とすることとした。 また、被控訴人更生施設の心理担当者は、記録に所見として「各担当者への反応がそれぞれ異なり、相手により使い分けている感じが強い」「人一倍努カし、それなりの成果をあげてきたというプライド高く、自分の価値観に固執。反するものは受け入れられず、自分から拒否し、切り捨ててきている」「常に自分が優位に立たないと安心できないため、いろいろな理由をつけ、相手を否定し、不満をぶつけているように思われる(同じ専門職としてのプライドがあり、関わる職員を否定→「指導される側になるのは初めて」と本人)」などと記載した。 (八)平成3年1月から2月ころにかけて、被告更生施設の生活指導員等は、原告に対し、生活拠点(自宅)においての浴槽の出入り動作、便座への模擬動作の確認をさせるよう説得した。しかし、原告は、被告更生施設の職員の前で、衣服を全て脱いで動作の確認をさせられるものと誤解し、右確認を拒否した。 2 控訴人は、財産状況の調査、知能テスト、心理テストは、職場復帰のための集中的なリハビリを実施するために必要な範囲を超える情報収集であると主張する。 しかしながら、前記一の認定事実に照らせば、右知能テスト、心理テストは、控訴人から福祉事務所長に対する入所の申込みがされたことから、法令に基づき、福祉事務所が控訴人の更生援護の必要性の有無、その種類を判断するため更生相談所に依頼して行ったものであり、右財産状況の調査は、福祉事務所が控訴人の費用についての負担能力を判断す るために行ったものと認められるのであって、これらの調査、テストの実施が違法ということはできないし、被控訴人が右調査、テストの実施について債務不履行ないし不法行為責任を負う立場にあるものと認める余地はない。 3 控訴人は、「心理」のカリキュラム及びその中で実施されたP―Fスタディが控訴人のプライバシーを侵害するものであると主張する。 しかしながら、前記1で認定の事実及び証拠(甲16の56、乙5)に照らせば、控訴人は、障害認識が未熟であり、情動失禁があるなど感情のコントロールが困難な性格である上、障害に心因的要因の関係していることが窺われ、効果的なリハビリのためには障害の心理的受容を図り、心理的アプローチを加えながら、身体機能回復の訓練を実施する必要があったものと認められるから、「心理」のカリキュラムが控訴人のりハビリに不必要なものであったということはできず、したがって,控訴人の同意の下に「心理」のカリキュラム及びP―Fスタディを実施したことが違法ということはできないし、「心理」を受けるように控訴人に対する説得を行ったことを違法ということもできない。 なお、本件全証拠を子細に検討しても、控訴人がその意に反して同意させられたとか、控訴人に対する説得がその手段、方法、態様等に照らして違法と評価すべきものであったといえるような事実を認めることはできない。また、控訴人は、「心理」を拒否したことによりプール内での運動療法や交通機関利用の訓練を取りやめにして控訴人を仲間外れにしたなどと主張するが、これを認めるに足りる証拠は存しない。 4 控訴人は、控訴人に対してされた前記1(7)の評価等が常軌を逸した人格非難であるなどと主張する。 しかしながら、証拠(甲16、乙10。いずれも枝番のすべてを含む)及び弁論の全趣旨によれば、前記I(7)の評価等は、被控訴人更生施設の担当スタッフが専門的知見及び経験に基づいて実施し考察した結果を客観的に評価し記述したものと認められるから(なお、右評価等は、控訴人に対するリハビリ計画を立案するに当たり内部的な検討資料とされるものであって、そのための右評価等において殊更控訴人に対する人格非難をしなければなちない理由は全くないし、その内容においても控訴人の人格を非難する意図で故意にねじ曲げられたものがあるとは認め難い)、その評価を違法なものとする理由はない。 5 控訴人は、入浴動作、排泄動作の確認をすることはプライバシーを侵害するものであると主張する。 しかしながら、前記1で認定の事実に照らせば、控訴人は食事、入浴等の日常生活動作及び生活関連動作について問題のある状況を説明していたのであるから、被控訴人においては控訴人の日常生活動作等を正確に把握して訓練の必要性や訓練内容を判断する必要があったものと認められる。したがって、右日常生活動作等の確認を行うことが臨床的合理性を欠くものであるということは到底できない。 なお、控訴人は、入浴動作、排泄動作の確認について、実際に衣服を脱いで行うことまで要求されたとか、少なくとも控訴人がそのように誤解しているのにその誤解を解くような説明がなかったなどと主張するが、被控訴人が入浴動作、排泄動作の確認を求めたのは控訴人の口頭の説明だけでなく、実生活の場における設備の下で入浴、排泄のための動作を直接観察することによって、どこに日常生活動作上の問題点があり、支援策があるのかを専門的な見地から把握し、検討するためであることにかんがみると、実際に衣服を脱いでこれらの動作をすることは必要ないのであって、控訴人がそのような要求をしたとは到底認め難いというべきであるし、動作を要求された障害者の側がそのような誤解をするということは通常はあり得ないことというべきであって、拒否の答えだけから被控訴人更生施設の職員において控訴人がそのような誤解をしているものと察することは困難であったと考えられる上、あれこれ拒否の理由を推測しなければならないものでもないから、示されもしない控訴人の誤解を解く説明をする義務があったということもできない。 6 加えて、前記1の認定事実に照らせば、被控訴人更生施設は、控訴人に対して、「心理」のカリキュラムについても、日常生活動作等の確認についても、控訴人が拒否した後はその理解と同意を得るまで実施を見合わせたことが認められるのであり、本件全証拠を検討しても、被控訴人の控訴人に対するリハビリ実施の過程において控訴人の意思を尊重しないなど控訴人の人格権を侵害したものと認めるべき事実の存在は全く窺われない。 三 争点3(本件事故の態様、被告の注意義務違反)について 1 証拠(甲16、17、27。36、48ないし50、乙1、5、6、証人宮崎貴朗、同伊藤利之、原告本人の一部)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められ、右認定に反する甲51、原告本人尋問の結果は前掲各証拠に照らし、たやすく信用できないし、他にこれを覆す証拠はない。 (一)平成3年2月26日、原告は、被告更生施設において、午前9時から10時30分まで運動療法訓練を、午前11時から正午まで作業療法訓練を、昼食後の午後1時から2時まで社会生活技術訓練としての移動訓練を行うことが予定されていた。 (二)原告は、右当日午前9時ころ、2階の運動療法室において、ロフストランド杖を両手に装着し、長下肢装具を左足に装着した状態で、階段昇降訓練と斜面台でのアキレス腱伸ばし訓練をした後、平行棒を使用して立位保持訓練を行った。 原告が使用していたロフストランド杖は、下部先端にシリコン製の滑り止めが装着され、上部の輪になった部分に腕を通し(ただし、一部に隙間がある)、その下の棒状のグリップの部分を手で握り、身体を支える杖であり、長下肢装具は、原告の左の太股部分、ふくらはぎ部分、及び足首部分をベルトで固定し、膝に支持性をもたせるためのもので、膝上の金具部分を操作することにより、膝を曲げることもできるものである。原告はこれを左足に装着し、足にはゴム底の靴を履き、右足には、歩行する際に、左足を振り出しやすくするため、左足よりも底の厚い靴を履いていた。 当時、被告更生施設の運動療法室では、原告の他に数名の入所者及び外来の患者が訓練中であり、宮崎理学療法士及び秋田理学療法士が訓練の担当者として室内にいた。 (三)ところで、右当日ころの原告の四肢の運動能力は、左下肢は、足首の周囲に筋肉の緊張があり、大腿筋の筋力低下があるために膝を屈伸する能力が低下し、左上肢は、やや筋力の低下が見られ、握力も低下していたが、右下肢は支持性があり、日常生活上は支障がない程度の筋力を保持し、右上肢もほぼ正常な筋力を有していた。 (四)原告は、平行棒での立位保持訓練を行った後、一時休憩するために、運動療法室内のベンチのほうへ、ロフストランド杖及び左長下肢装具を装着した状態で歩いていたところ、他の訓練生が、立ち上がる際に平行棒に触れたため、平行棒の上に乗っていた本件ロールが床に落下し、原告が歩いていた方向へゆっくりと約3.5メートル転がり、原告に接触した。 (五)本件ロールは、直径約30センチメートルで、長さが約90センチメートルの円筒状であり、重さは約10.9キログラムであった。また、芯は木製で、その周りにスポンジ様のものが巻き付けられていた。 (六)本件事故直後、宮崎理学療法士は、原告に近づき、「大丈夫ですか」と尋ねたところ、原告は「大丈夫です」と答えた。宮崎理学療法士は、椅子を原告の前に置き、原告は、それに手をかけて立ち上がった。 その後、原告は、当日の訓練として残っていた傾斜台での立位保持しての足関節底屈筋群の持続的伸張訓練および杖歩行による屋内廊下での歩行訓練を行った。その後、作業療法を行った後、被控訴人更生施設の職員に対し、杖歩行による移動ができないと訴えて車椅子を持って来させ、生活指導員に車椅子で2階の作業療法室から三階の食堂まで移動させてもらい、食堂で昼食をとった。その際、原告は、箸が使えないからスプーンを貸して欲しい旨を被告更生施設の職員に要請した。午後1時から、車椅子により被告更生施設内を2周する移動訓練を約20分行った。その後、被告更生施設1階の一般食堂で生活指導員と談話し、午後2時過ぎころ3階のデイルームでソファーに横になって休憩し、午後4時ころ、左足に長下肢装具を装着し、両側ロフストランド杖を使用して、駐車場に行き、自分で自動車を運転して帰宅した。 (七)原告は、翌27日、28日のリハビリを休止し、同日、本件事故後初めて南共済病院の大成医師を受診し、同医師に対し、「2月26日に転倒し、右側から倒れた」と説明した。 原告は、右受診の際、同医師に対し、吐気、だるさ、左上肢に痛みがあること、四肢の震え、気分不良等を訴えたが、大成医師は、血圧を測定し、ベッドで安静にするよう指示し、再度血圧を測定するなどし、精神安定剤及び吐気止めを処方したものの、それ以上の治療は行わなかった。右診療の際、転倒による異常を検査するためにレントゲン撮影が行われた形跡はない(甲17のカルテ中、例えば、平成2年12月20日の欄には、転倒の申告に対してレントゲン撮影が行われているが、平成3年2月28日の欄には、「転倒し、右側から倒れた」との記載があるのに、XーPとの記載がない)。 原告は、平成3年3月7日、同院を受診し、同医師に対し、歩けないこと、力が入らないことを訴えたが、同医師は、原告に対し、つらくても体を動かすこと、なるべく早くリハビリを再開することを指示したほかは、投薬以外の治療は行われなかった。 原告に投与された薬は、本件事故の2日後である平成3年2月28日に原告の主訴に基づき、精神安定剤及び吐気止めが処方されたほかは、本件事故の前と後とでほとんど変わりがなかった。 同年4月18日のカルテには、「時期を見て精神科へ相談する」との記載が、同年5月16日のカルテには、「吐気とれた。自力で頑張っている。本院には通院できない。リハセンターとは絶縁」との記載が、同月30日のカルテには、「信頼関係が失われている」との記載がある。 被告更生施設の伊藤医師は、原告の症状について心因的な原因によるものではないか、との疑いを持っていた。 (八)被告更生施設の理学療法士の訓練記録のうち、平成3年2月26日の欄には、「ローラーにぶつかり転倒(+)→ローラーがころがってきて、転ぶほどではないのだが、バランスOFFとなったというより、自ら前方へ転倒」との記載がある。 (九)平成3年3月4日、伊藤医師は、宮崎理学療法士に対し、本件事故の経過について書面で報告するよう指示した。宮崎理学療法士は、秋田理学療法士とともに、高塚医師宛の本件事故の報告書を作成した。右報告書には、「ロールは、歩行中の徳見康子殿の約3メートル50センチメートル離れた右側方から、ゆっくりと本人の方へ近ずいて行きました。ロールの床に落ちた音にて本人も右側方を向き、ロールを認めておりましたが、ロールは、運動療法室見取り図に示す×印の場所で本人に接触しました。ロールが、右下肢に接触した時は、立位保持しておられましたが、約1秒間の後、前方に両手を接地し、左下肢は、伸展外転位のまま、右膝を接地した後、右大腿外側より床に座り込んでしまいました。その様子は、図1から図5に示すようなものでした。その後、本人へ『大丈夫ですか』と問いかけると、『大丈夫です』と返答され、本人は、椅子の座面を使用して立ち上がり、その後、定例の訓練課題を消化しました。この様子は同人の過去の歩行訓練中に見られていた転倒と同様に、特に危険の認められる様子ではありませんでした。同日の歩行訓練では、比較的に同人にとっては良好なスピードで施行可能であり、訓練終了時に疲労の訴えがあったので、担当指導員へ連絡後、車椅子使用して帰室いたしました。なお、発生時、担当理学療法士と他の理学療法士は、同室内にて、他の患者の訓練を行っており、ロールの音により振り向き、事実を目撃しておりました」との記載がある。 2 右認定事実及び証拠(甲52、60、68、69、乙14、16)を総合すれば、本件ロールが平行棒から床に落下してゆっくり転がって行き、前示認定の歩行状態で立っていた控訴人に接触したこと、控訴人が右接触後やや間をおいて前方に両手を接地するなどして床に座り込んだことが認められるが、その際控訴人が背中を床に強打して頚部に衝撃を受けたり、受傷したりしたものとは認めることができない。なお、控訴人は、本件ロールが約1.8メートル転がって控訴人にぶつかったなどと主張するところ、前掲証拠に照らせば、仮に本件事故時に控訴人の立っていた位置が控訴人の主張するとおりであったとしても、本件ロールの転がるスピードは極めてゆっくりしたものであり、控訴人の立っていた位置に転がった時点では回転の勢いも極めて弱いものであったと認められ、これによって控訴人が強い衝撃を受けたものとは認め難いというほかない。 原告は、転倒の態様について、後方へ倒れた、それも尻餅をつくのではなく、背中から倒れこんで背部を床に強打したと主張供述するが、原告は、転倒時、両手にロフストランド杖を、左足に長下肢装具をそれぞれ装着した状態で歩行中であり、重心は前方にかかっているはずであるから、前方へ倒れこむのが自然であること、大成医師が作成した南共済病院のカルテの平成3年2月28日欄には、「2/26転倒し右側から倒れた」との記載がなされていること、背中から倒れ、背部を床に強打したとすれば、必然的に後頭部をぶつける形になり、この旨大成医師に申告したとすれば、同医師としては、レントゲン検査を実施するのが通常と思われるのに、2月28日にレントゲン撮影がなされた形跡はない(ちなみに、同医師は、平成2年12月20日には、転倒したとの申告を受けてレントゲン撮影を実施している)上、原告が背部痛を訴えた記録がないことに照らせば、原告の供述を信用することはできない。 次に、受傷の点について補足すると、原告は、転倒後、自力で起き上がり、そのまま引き続き午前中の訓練課題を消化し、その後杖歩行ができないと訴えて被控訴人更生施設の職員に車椅子で食堂まで移動させてもらったものの、昼食をとることができ、午後も車椅子による移動訓練を行い、自分で自動車を運転して帰宅したこと、原告は、翌27日と28日のリハビリを休止し、同日大成医師の診断を受けたが、吐気、だるさ、左上肢の痛み、気分不良を訴えたものの、背部痛等の訴えはなく、対症療法としてされた精神安定剤及び吐気止めの投薬以上の治療はなされなかったこと、原告は、3月17日にも大成医師の診察を受けたが、このときには、同医師から「つらくても体を動かすこと、なるべく早くリハビリを再開すること」を指示されたこと、南共済病院における処方は、投薬が中心であり、その内容は、本件事故の前と後とでほとんど変化がなかったこと、大成医師及び伊藤医師とも原告の症状について心因性のものではないかとの疑いを持っていたこと、本件ロールが原告に接触した時の衝撃の程度は転ぶほどのものではなかったことを総合すれば、本件事故による転倒により原告が受傷したとは到底認められず、原告の供述を信用することはできない。 3 以上によれば、本件事故によって控訴人に損害が発生したものとは認められない。 四 争点4(本件事故後の被告の対応の違法性)について 1 前記第二、二、3の事実及び第三、三、1(6)ないし(9)の事実によれば、本件事故後の被告の対応が違法であるとは認められない。 2 以下、原告の主張に即して若干補足する。 (一)本件事故による原告の転倒の態様は、前記認定のとおりであり、原告の主張(一)及び(二)はその前提を欠いており、被告には所論のような注意義務はない。 (二)本件事故後の原告側と被告とのやりとりの経過は、前記第二、二、3のとおりであるが、本件事故により原告と被告との間の信頼関係は失われたこと、本件事故後原告の訴える症状については、被告では適切な対応が困難であることに照らせば、被告が、原告に対し、「被告更生施設でのリハビリは困難であり、総合病院等の整形外科医の下でのリハビリを行うのが望ましい」との回答(甲14)をしたことは無理からぬ面があり、このような被告の対応をもって違法なリハビリ拒否と評価することはできない。 (三)なお、前示のとおり、控訴人については福祉事務所長による被控訴人更生施設への入所の措置決定が現在に至るも解除されず、福祉事務所長と被控訴人との委託関係が今なお継続しているものと認められるから、一般論としては被控訴人は福祉事務所との関係では控訴人に対してリハビリを実施する義務を負っているということができる。 しかしながら、前示認定の事実にかんがみれば、本件事故後は控訴人の態度に起因して控訴人と被控訴人との信頼関係が損なわれ、被控訴人更生施設において効果的なリハビリを実施することが不可能な状態になったと認められること、また、前示認定事実によれば、被控訴人は本件事故後福祉事務所のケースワーカーと共に控訴人方を訪れて今後の訓練について話合いをしており、福祉事務所においても本件事故の発生及び事故後リハビリが中断状態となったことを認識していたものと認められる上、福祉事務所と被控訴人は、右のような状況の下において控訴人に対する措置について対応を協議していたものと窺われること(なお、控訴人から本件訴訟が提起されたことからその推移を見て措置解除等の対応を検討することとなったことも窺われる)、さらに、控訴人には頚椎症性脊髄症で継続的に診療を受ける主治医(南共済病院の大成医師)があったところ、南共済病院の診療録等(甲16の56、乙5)に照らせば、同病院においても身体機能回復のためのリハビリを実施することは可能であり、現に控訴人は被控訴人更生施設の障害を受ける前は同病院においてリハビリを受けていたことが認められることなどを併せ考えると、措置解除のされないままに控訴人のリハビリを中断している被控訴人の対応が直ちに控訴人に対する不法行為を構成するものということは困難である。 二 以上によれば、控訴人の請求は理由がなく棄却すべきであるから、これと同旨の原判決は相当である。 よって、本件控訴は理由がないから、これを棄却することとして、主文のとおり判決する。 東京高等裁判所第22民事部 裁判長裁判官 石 川 善 則 裁判官 土 居 葉 子 裁判官 松 並 重 雄 18 |