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01.1.31
高裁判決文・原文のまま


高裁判決

決 定
  平成一三年一月三一日判決言渡 同日原本交付 裁判所書記官
平成一二年(ネ)第三七号損害賠償請求控訴事件(原審・横浜地方裁判所平成四年(ワ)第三〇八八号)
平成一二年一一月一三日口頭弁論終結
判 決
横浜市青葉区元石川町四二一六―一 テラスハウス酒井C号
控 訴 人 徳 見 康 子
右訴訟代理人弁護士 森 田 明
同 大 塚 達 生
同 渡 辺 智 子
横浜市港北区鳥山町一七七〇番地
被控訴人 社会福祉法人 横浜市リハピリテーション事業団
右代表者理事 藤 井 紀 代 子
右訴訟代理人弁護士 村 瀬 統 一
   同      大 和 田 治 樹
   同      栗 田 誠 之
主 文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は、控訴人の負担とする。
事実及び理由
第一 控訴の趣旨
一 原判決を取り消す。
二 被控訴人は、控訴人に対し、一億一二七七万八五八〇円及びこれに対する平成四年一〇月二四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二 事案の概要
一 本件事案の概要は、次のとおり補正し、後記二のとおり付加するほかは、原判決の「事実及び理由」中「第二 事案の概要」に記載のとおりであるから、これを引用する。
1 原判決四頁一〇行目の「原告」の次に「(昭和二二年二月二一日生)」を加える。
2 原判決五頁一行日及び二行目の各「横浜市学校保険会」をいずれも「横浜市学校保健会」に、同行の「歯科保険事業」を「歯科保健事業」に、七行目の「横浜市南労働基準監督署」を「横浜南労働基準監督署」にそれぞれ改める。
 3 原判決六頁九行目から一〇行日にかけての「横浜市港北福祉事務所」の次に「長」を、同行の「以下」の次に「、同福祉事務所を」をそれぞれ加え、七頁二行目の次に行を改めて次のとおり加える。
「なお、控訴人は、昭和四六年に婚姻、昭和五四年に離婚し、右通所訓練開始当時、高校生の長女と二人で暮らしていた。」
 4 原判決一四頁末行冒頭に「同年六月七日」を加える。
 5 原判決一五頁四行目の「固定」を「安定」に改める。
 6 原判決一六頁五行目の「診断書」の次に「(頚椎症性脊髄症による疼性麻痺に対して理学療法の必要がある旨の記載がある。)の発行を受けた上、森田明弁護士を代理人として、右診断書」を加え、六行目の「申し入れた」を「申し入れる旨の書面を郵送した」に改め、九行目の「ビラ」の次に「(被控訴人が控訴人の人権を踏みにじる重大な差別事件を起こしたなどとするもので、控訴人が本件事故後に頭痛、吐気等の神経症状を発症し、医師から一週間の絶対安静を指示され、安定するまで一〇か月もかかること、現在は左腕の不随意運動等が発症し、車の運転の再開もままならない状態であることなどが記載されている。)」を加える。
 7 原判決一九頁五行目の「原告は」の次に「、森田明弁護士を代理人として」を、同行の「同年三月二三日付けで」の次に「、@被控訴人更生施設で控訴人の訓練をすることはできないと判断するのか、そうだとすればその根拠は何か、A被控訴人更生施設と控訴人との関係はどうなるのかについて」をそれぞれ加え、八行日の「原告」から一〇行日の「従う、」までを「右@について、右三月一八日に伊藤医師が伝えたのは、控訴人が現在訴えている種々の身体症状に対しては、十分な医療対応が可能な総合病院などの整形外科医の下で機能回復訓練を行うのが望ましく、被控訴人更生施設で行うのは難しいというものであり、控訴人の機能回復訓練は医療に関することであるので、被控訴人としては伊藤医師の判断に従うべきものと考えている、Aについて、控訴人は現在福祉事務所により被控訴人更生施設に措置されている関係にあるので、被控訴人としては、しかるべき時に福祉事務所と話し合う必要があろうかと考えている」に改める。
 8 原判決二四頁八行目の「横浜市身体障害者更生相談所」を「横浜市障害者更生相談所」に改める。
 9 原判決二五頁二行目、二九頁及び三〇頁の各九行目から一〇行目にかけての各「福祉事務所」の次にいずれも「長」を加える。
 10 原判決四〇頁末行の「訓練生」の次に「(小栗某)」を加える。
二 当事者が当審において補充追加した主張
1 控訴人の主張
(一)争点1について
 原判決は、控訴人と被控訴人との間の契約関係を否定したが、福祉事務所長から被控訴人更生施設に対する入所委託は、実質的には控訴人の入所申込みであり、被控訴人がこれを承諾したことにより、既に控訴人と被控訴人との間でされていた入所の合意が再確認され、控訴人と被控訴人との間で入所によるリハビリ給付契約が締結されたというべきである。
(二) 争点2について
(1) 入所措置決定前の福祉事務所、更生相談所による知能テスト、心理テストは、福祉事務所の依頼を受けた更生相談所が実施主体であるが、実態としては被控訴人更生施設の控訴人に対するリハビリの一連の過程においてされたものであり、被控訴人が福祉事務所及び更生相談所をして行わしめたものというべきである。
(2) リハビリは、リハビリを受ける障害者の主体性を尊重し、インフォームドコンセントと自己決定を原則として、障害者を計画作成の過程に参加させ、その過程で障害者に対し十分な説明がされ、障害者の同意を得た上で行われるべきものであるから、障害者が真意に反してリハビリの実施に同意させられたり、これを拒否した場合に事実上の不利益を課されたりすれば、人権侵害であり、債務不履行、不法行為を構成するというべきである。
 本件においては、リハビリの計画は被控訴人更生施設側が一方的に作成し実施を要求したのであり、性格検査、心理相談を行う「心理」についても必要性を明らかにしないままに、控訴人に対しこれを受けるように強く迫ったのである。また、控訴人が「心理」を拒否したことにより、控訴人に対するプール内での運動療法や交通機関利用の訓練を取りやめにし、控訴人を「仲間外れ」にした。
 さらに、控訴人は、歯科衛生士の仕事への復帰のためのリハビリを希望していたのであるから、心理評価の必要性自体疑問である。仮に心理評価が必要であるとしても、控訴人に対してされた評価の内容は、常軌を逸したものであり、人格非難といわざるを得ない。
 以上に照らせば、控訴人に対し、説明も同意を求めることもなく実施された知能テスト、心理テスト、「心理」のカリキュラム、「心理」の評価内容等は、控訴人のプライバシーを侵害するものというべきであるし、被控訴人による心理テスト、「心理」のカリキュラムは、そもそも不必要かつ不適切なものであるから、控訴人がこれに同意しようがしまいがその強要は控訴人のプライバシー等の人格権を侵害するものである。
 また、入浴動作、排泄動作の確認は、仮に控訴人に要求したのが模擬動作の実施であったにしても、かかる動作をさせられることは屈辱感を伴うものである上、控訴人に関しては臨床的合理性を有しないものであったから、これを控訴人が拒否して実施しなかったとはいえ、控訴人の人格権を侵害するものである。
(三)争点3について
(1) 原判決は、本件事故の態様(控訴人の転倒の態様)について、被控訴人主張のとおりの態様で転倒したことが認められると認定した。
 被控訴人主張の態様は、本件口―ルが床を転がって落下地点から約三・五メートルの地点で控訴人の右足外側に側方から接触し、その一秒後に控訴人が前方に両手を接地し、左下肢は膝が伸びたまま横に開いた状態で、右膝を接地した後、右大腿外側から床に座り込んだというものである。
 しかしながら、次のとおり、右認定は誤りである。
 ア 本件口ールは、直径が約三二センチメートル、長さが約九一センチメートルの円筒形で、重量は約一一キログラムあり、芯は木製でその回りに約三センチメートルほどの幅のスポンジ様のものが巻き付けられており、そのため、平行棒から落下して約三・五メートルも床を転がることはあり得ない。
イ 控訴人は、本件事故当時、頚椎症性脊髄症による両下肢麻庫により第一種二級の身体障害者に認定されていたのであり、被控訴人主張のような態様の動作をすることは不可能である。
ウ 原判決は、控訴人が本件事故後に傾斜台での立位保持による足関節底屈群の持続的伸張訓練及び杖歩行による屋内廊下での歩行訓練を行ったことを認定しているが、控訴人は、本件事故後に車椅子を求め、生活訓練係の井上指導員に車椅子で搬送してもらつているのであるから、杖歩行による歩行訓練をしたとの事実認定は誤りである。
 そして、控訴人の転倒後の訓練状況は重いダメージを受けていたことを物語るものであり、原判決がこれを軽く評価して本件事故の態様及び控訴人の受傷の有無の事実認定の根拠としたのは誤りというべきである。
(2) 前記(一)のとおり、控訴人と被控訴人との間には契約関係があるから、被控訴人は、本件事故の発生について、契約上の安全配慮義務に違反したものとして損害賠償責任を負う。
 仮に控訴人と被控訴人との間の契約関係が認められないとしても、被控訴人は、控訴人に対して信義則上の安全配慮義務を負う関係にあるから、本件事故の発生について損害賠償責任を負うというべきである。
(四) 争点4について
 本件において、福祉事務所は控訴人についての措置決定をいまだに解除していないのであるから、被控訴人は、少なくとも福祉事務所との関係ではリハビリを実施する義務を負っているものである。
 ところが、被控訴人は、本件事故後、医学的合理性もなく、納得のいく説明もなしに控訴人に対するリハビリを打ち切ったものであり、控訴人の人権を侵害するものであることは明らかというべきである。

2 被控訴人の主張
(一) 控訴人の主張(前記1)(二)について
(1) 控訴人は、「心理」のカリキュラムを拒否した結果、プール内の運動療法や交通機関利用訓練を取りやめにされたと主張するが、リハビリテーション計画書(甲一六の28)につき控訴人の同意が得られたのは平成三年二月八日であり、その後右計画書に従って訓練を行っていたが、プール内の運動療法や交通機関利用訓練を行う前に本件事故が発生し、訓練ができなかったにすぎない。
(2) 控訴人は、心理評価の必要性自体疑問であると主張するが、控訴人の訴えている身体障害については、診察所見で、脊髄神経の器質的損傷によって生じる障害に心理的反応(心因反応)による障害がプラスされている可能性が認められており、理学療法士や作業療法士による身体機能的アプローチとともに、心理的アプローチを加えながら一定期間訓練頻 度を増し治療する必要性があると判断されていたものであって、専門的な見地からは、 「心理」の時間の必要性があったものである。
 したがって、その必要性の下に、「心理」を受けるように説得することはむしろ医師等の義務ともいえるものであり、その説得をもってプライバシー侵害として許されないとすれば、およそ効果的なリハビリの実施は困難となってしまう。もっとも、心理的更生の効果を大にするためには、本人の了承の下に実施する必要があり、被控訴人は控訴人の理解 が得られるまでその実施を見合わせていたのである。
(3) 控訴人は、入浴、排泄動作の確認を非難するが、控訴人は、平成三年一月八日及び九日の時点で、入浴、配膳、掃除、ゴミ捨て等生活のかなりの部分につき問題を抱えており、かつ、家族の介護を受けていたものであり、このような控訴人の日常生活動作(身の回りの動作等)及び生活関連動作(家事動作等)の状況からすれば、控訴人に対し訓練の必要性を判断し、また、訓練内容を決定するためには、自宅での日常生活動作及び生活関連動作を把握して評価することが専門的な見地からすれば必要であった。
(二) 控訴人の主張(前記1)(四)について
(1) 控訴人は、リハビリの打切りを非難するが、本件事故をきっかけに控訴人と被控訴人更生施設の医師、理学療法士らスタッフとの間の信頼関係は完全に失われてしまい、かつ、控訴人において頭痛、吐気、めまい等の自覚症状を訴えており、その後右自覚症状は改善されたものの、一部震え等の自覚症状を訴えている状況では、控訴人の手術を担当した南 共済病院の大成医師の下でリハビリを行うことが妥当であり、整形外科の専門的な治療施設や精神科医等の総合的な医療体制のない被控訴人更生施設でリハビリを行うのは適切でない。
 被控訴人更生施設の伊藤医師は右のとおり判断したものであり、同医師の判断を無視して被控訴人更生施設でリハビリを継続することは、かえって控訴人のリハビリを困難にし、身体的にも控訴人を危険ならしめる恐れがある。
 そして、控訴人を危険にさらすことなく、責任を持ってリハビリを実施するためには、主治医の診療所見及びリハビリ再開に支障がないとの説明を受け、被控訴人更生施設のリハビリ専門の医師が可能と判断しない以上再開はできないものであるところ、大成医師からも、その後控訴人の主治医となった武蔵野日赤の杉井医師からも、リハビリの再開について判断できるほどの所見は示されなかった。
(2) 控訴人についての福祉事務所の入所措置決定は、現在まで解除されていないが、措置決定を解除するか否かは、福祉事務所が判断するところであって被控訴人の権限外である。
 そして、前記(1)に照らせば、措置決定が解除されていなくても、被控訴人更生施設におけるリハビリを継続することは不適切である。
 被控訴人更生施設としては、委託を受けた障害者につき、医学的に専門的な見地から効果的なリハビリを実施するものであるが、委託を受けた障害者につき責任を持ってリハビリが遂行できないような状況に至った場合は、リハビリを中止せざるを得ないし、措置権者のためにも中止すべき義務がある。
 なお、リハビリの中止について、平成三年四月四日、福祉事務所のケースワーカーが被控訴人更生施設の担当職員と共に控訴人方を訪問して確認しているし、リハビリの再開について、同年五月一日、被控訴人は、福祉事務所に対し、控訴人から診断書が出された時点で検討する旨を報告している。そして、措置の解除について、被控訴人は、同年三月二四日、更生相談所経由で福祉事務所に打診したが、控訴人から診断書の提出がなかったことや、控訴人との間でリハビリ再開に関する話合いが持たれていたこと、その後訴訟が提起されたことから、措置解除の手続が保留されたまま今日に至っているものである。
(3) 控訴人は、被控訴人更生施設でリハビリを実施できないのであれば、より適切な施設を紹介すべき義務がある旨主張するが、当時、控訴人が望んでいた医学的な機能回復訓練であれば、リハビリ施設のある医療機関においてはどこでも対応可能であったし、控訴人のように継続して主治医の診療を受けている患者については、主治医を無視して他の病院を紹介するということはできないものである。

第三 当裁判所の判断
一 当裁判所も、控訴人の請求は理由がないものと判断する。
 その理由は、次のとおり補正し、後記二のとおり付加するほかは、原判決の「事実及び理由」中「第三 争点に関する当裁判所の判断」(四項まで)に記載のとおりであるから、これを引用する。
 1 判決五〇頁四行目、五一頁四行目(二か所)、五二頁四行目及び七行目の各「福祉事務所」の次にいずれも「長」を加え、同行の「三年一月一日、」を「三年一月一日付けで」に改める。
 2 原判決五四頁三行目の「一六の2」から「同行の「52」までを「一六(枝番のすべてを含む。)」に改め、四行目の「2ないし4」の次に「、一〇の1ないし3」を加え、六行目を次のとおり改める。
「(一) 更生相談所は、福祉事務所長の依頼を受けて、平成二年一一月初めころ、控訴人に対する医学的及び心理学的判定として、@知的には標準レべルで、一般的な知識、常識を備え、論理的思考は良好だが、主観的に事柄を判断し自己主張するタイプのように思われる、A移動は装具利用の歩行が可能で、自動車運転(非改造)により活動的な生活を過ごしている、BADL は排泄面で不自由(オムツ使用)な点も見られるようだがすべて自立している、C性格的には明るく落ち着いた対応をする反面、神経質で警戒心が強く、他人の評価を気にして敏感に反応する、障害認識はやや未熟で、復職へのこだわりがあり、現実的な感覚に乏しいようである、D以上の点から、今後は障害受容を高め、機能訓練や社会訓練を通じて将来的な生活設計の見極めを図ることが望まれ、当面は障害認識を図り、社会技術訓練、歩行訓練、体力向上(筋力強化)及び職能評価等を目的に身体障害者更生施設への通所が適当と判断するなどと記載した総合判定書(乙一〇の1)を作成した。
(二) 控訴人は、平成二年一一月二二日に実施された入所面接において、入所目的について「復職へ向け訓練に励みたい。機能回復訓練を行い、体力、耐久力を付けたい。クラッチなしでの立ち動作、作業動作ができるようになりたい。左手の細かい作業動作の訓練をやってみたい。」旨、日常生活動作について「歩行は左長下肢装具装着及び両松葉杖歩行にて制限されている。トイレは洋式にて可能。入浴は自宅では手すりがないため一部はいずるような形で行って単独人浴を行っている。食事は洋式の場合ナイフ(左手)使用が困難である。」旨の説明をした。
(三) 被控訴人においては、同月二八日、係内カンファレンスを行い、目的を障害の心理的受容を図り復職の可能性を見極めること、生活拠点を中心とした日常生活動作の確認とし、三か月程度で見極め、その後職能移行を検討することとし、同年一二月一一日、総合評価会議を開き、医師の身体機能は固定している、情動失禁があり感情コントロールが難しいとの意見を踏まえ、リハビリの目標を障害受容を高め、生活設計を再構築することとした。
(四) 控訴人は、平成三年一月八日及び翌九日、被控訴人による社会生活技術訓練調査において、食事の配膳、下膳は不可能、入浴の浴槽の出入りは不可能などと、日常生活動作及び生活関連動作に問題のある状況を説明した。」
 3 原判決五四頁七行目の「(二)」を「(五)」に、五五頁二行目の「(三)」を「(六)」 にそれぞれ改め、三行目の「P―Fスタディ」の次に「(Rosenzweig Picture Frustration Study)」を、五行目の「原告は」の次に「、「性格検査ですね。」と言いながらも」をそれぞれ加え、同行の次に行を改めて次のとおり加える。
「その結果について、被控訴人更生施設の心理担当者は、記録に「あまり反応、社会性高すぎ(優等生的な反応)、妥当性?」と記載した。」
 4 原判決五五頁六行目の「(四)」を「(七)に、同行の「原告に対し、」を「同月一七日、控訴人について、現状の問題点を」に、一〇行日から末行にかけての「との判定をした」を「と判定し、プログラムの内容を「必要時(要請があった時)個別で対応する。グループカウンセリング検討」とすることとした」にそれぞれ改め、末行の次に行を改めて次のとおり加える。
「また、被控訴人更生施設の心理担当者は、記録に所見として「各担当者への反応がそれぞれ異なり、相手により使い分けている感じが強い。」「人一倍努カし、それなりの成果をあげてきたというプライド高く、自分の価値観に固執。反するものは受け入れられず、自分から拒否し、切り捨ててきている。」「常に自分が優位に立たないと安心できないため、いろいろな理由をつけ、相手を否定し、不満をぶつけているように思われる(同じ専門職としてのプライドがあり、関わる職員を否定→「指導される側になるのは初めて」と本人)」などと記載した。」
 5 原判決五六頁一行目の「(五)」を「(八)」に改め、六行目から六〇頁七行目までを次のとおり改める。
「2 控訴人は、財産状況の調査、知能テスト、心理テストは、職場復帰のための集中的なリハビリを実施するために必要な範囲を超える情報収集であると主張する。
 しかしながら、前記一の認定事実に照らせば、右知能テスト、心理テストは、控訴人から福祉事務所長に対する入所の申込みがされたことから、法令に基づき、福祉事務所が控訴人の更生援護の必要性の有無、その種類を判断するため更生相談所に依頼して行ったものであり、右財産状況の調査は、福祉事務所が控訴人の費用についての負担能力を判断す るために行ったものと認められるのであって、これらの調査、テストの実施が違法ということはできないし、被控訴人が右調査、テストの実施について債務不履行ないし不法行為責任を負う立場にあるものと認める余地はない。
3 控訴人は、「心理」のカリキュラム及びその中で実施されたP―Fスタディが控訴人のプライバシーを侵害するものであると主張する。
 しかしながら、前記1で認定の事実及び証拠(甲一六の56、乙五)に照らせば、控訴人は、障害認識が未熟であり、情動失禁があるなど感情のコントロールが困難な性格である上、障害に心因的要因の関係していることが窺われ、効果的なリハビリのためには障害の心理的受容を図り、心理的アプローチを加えながら、身体機能回復の訓練を実施する必要があったものと認められるから、「心理」のカリキュラムが控訴人のりハビリに不必要なものであったということはできず、したがって,控訴人の同意の下に「心理」のカリキュラム及びP―Fスタディを実施したことが違法ということはできないし、「心理」を受けるように控訴人に対する説得を行ったことを違法ということもできない。
 なお、本件全証拠を子細に検討しても、控訴人がその意に反して同意させられたとか、控訴人に対する説得がその手段、方法、態様等に照ら

して違法と評価すべきものであったといえるような事実を認めることはできない。また、控訴人は、「心理」を拒否したことによりプール内での運動療法や交通機関利用の訓練を取りやめにして控訴人を仲間外れにしたなどと主張するが、これを認めるに足りる証拠は存しない。
4 控訴人は、控訴人に対してされた前記1(七)の評価等が常軌を逸した人格非難であるなどと主張する。
 しかしながら、証拠(甲一六、乙一〇。いずれも枝番のすべてを含む。)及び弁論の全趣旨によれば、前記I(七)の評価等は、被控訴人更生

施設の担当スタッフが専門的知見及び経験に基づいて実施し考察した結果を客観的に評価し記述したものと認められるから(なお、右評価等は、控訴人に対するリハビリ計画を立案するに当たり内部的な検討資料とされるものであって、そのための右評価等において殊更控訴人に対する人格非難をしなければなちない理由は全くないし、その内容においても控訴人の人格を非難する意図で故意にねじ曲げられたものがあるとは認め難い。)、その評価を違法なものとする理由はない。
5 控訴人は、入浴動作、排泄動作の確認をすることはプライバシーを侵害するものであると主張する。
 しかしながら、前記1で認定の事実に照らせば、控訴人は食事、入浴等の日常生活動作及び生活関連動作について問題のある状況を説明していたのであるから、被控訴人においては控訴人の日常生活動作等を正確に把握して訓練の必要性や訓練内容を判断する必要があったものと認められる。したがって、右日常生活動作等の確認を行うことが臨床的合理性を欠くものであるということは到底できない。
 なお、控訴人は、入浴動作、排泄動作の確認について、実際に衣服を

脱いで行うことまで要求されたとか、少なくとも控訴人がそのように誤解しているのにその誤解を解くような説明がなかったなどと主張するが、被控訴人が入浴動作、排泄動作の確認を求めたのは控訴人の口頭の説明だけでなく、実生活の場における設備の下で入浴、排泄のための動作を直接観察することによって、どこに日常生活動作上の問題点があり、支援策があるのかを専門的な見地から把握し、検討するためであることにかんがみると、実際に衣服を脱いでこれらの動作をすることは必要ないのであって、控訴人がそのような要求をしたとは到底認め難いというべきであるし、動作を要求された障害者の側がそのような誤解をするということは通常はあり得ないことというべきであって、拒否の答えだけから被控訴人更生施設の職員において控訴人がそのような誤解をしているものと察することは困難であったと考えられる上、あれこれ拒否の理由を推測しなければならないものでもないから、示されもしない控訴人の誤解を解く説明をする義務があったということもできない。
6 加えて、前記1の認定事実に照らせば、被控訴人更生施設は、控訴人に対して、 「心理」のカリキュラムについても、日常生活動作等の確認についても、控訴人が拒否した後はその理解と同意を得るまで実施を見合わせたことが認められるのであり、本件全証拠を検討しても、被控訴人の控訴人に対するリハビリ実施の過程において控訴人の意思を尊重しないなど控訴人の人格権を侵害したものと認めるべき事実の存在は全く窺われない。」
6 原判決六〇頁九行目の「一六の2」から同行の「63」までを「一六(枝番のすべてを含む。)」に改める。
7 原判決六三頁七行目の「長下肢装具」の前に「左」を加える。
8 原判決六四頁七行目の「作業療法訓練を行った後」の次に「、被控訴人更生施設の職員に対し、杖歩行による移動ができないと訴えて車椅子を持って来させ、生活指導員に車椅子で二階の作業療法室から三階の食堂まで移動させてもらい」を加える。
9 原判決六七頁四行目の「記載が」の次に「、同年五月一六日のカルテには、「吐気とれた。自力で頑張っている。本院には通院できない。リハセンターとは絶縁。」との記載が、同月三〇日のカルテには、「信頼関係が失われている。」との記載が」を加える。
10 原判決六九頁一行目の「消化しました。」の次に「この様子は同人の過去の歩行訓練中に見られていた転倒と同様に、特に危険の認められる様子ではありませんでした。同日の歩行訓練では、比較的に同人にとっては良好なスピードで施行可能であり、訓練終了時に疲労の訴えがあったので、担当指導員へ連絡後、車椅子使用して帰室いたしました。なお、発生時、担当理学療法士と他の理学療法士は、同室内にて、他の患者の訓練を行っており、ロールの音により振り向き、事実を目撃しておりました。」を加え、二行目から五行目までを次のとおり改める。
「2 右認定事実及び証拠(甲五二、六〇、六八、六九、乙一四、一六)を総合すれば、本件ロールが平行棒から床に落下してゆっくり転がって行き、前示認定の歩行状態で立っていた控訴人に接触したこと、控訴人が右接触後やや間をおいて前方に両手を接地するなどして床に座り込んだことが認められるが、その際控訴人が背中を床に強打して頚部に衝撃を受けたり、受傷したりしたものとは認めることができない。なお、控訴人は、本件ロールが約一・八メートル転がって控訴人にぶつかったなどと主張するところ、前掲証拠に照らせば、仮に本件事故時に控訴人の立っていた位置が控訴人の主張するとおりであったとしても、本件ロールの転がるスピードは極めてゆっくりしたものであり、控訴人の立っていた位置に転がった時点では回転の勢いも極めて弱いものであったと認められ、これによって控訴人が強い衝撃を受けたものとは認め難いというほかない。」
11 原判決七〇頁九行目の「消化し」の次に「、その後杖歩行ができないと訴えて被控訴人更生施設の職員に車椅子で食堂まで移動させてもらったものの」を加える。
12 原判決七二頁一行目の「について」から末尾までを「によって控訴人に損害が発生したものとは認められない。」に、一〇行目から七三頁二行目までを削り、三行目の「(三)」を「(二)」に改め、九行目の次に行を改めて次のとおり加える。
「(三) なお、前示のとおり、控訴人については福祉事務所長による被控訴人更生施設への入所の措置決定が現在に至るも解除されず、福祉事務所長と被控訴人との委託関係が今なお継続しているものと認められるから、一般論としては被控訴人は福祉事務所との関係では控訴人に対してリハビリを実施する義務を負っているということができる。
 しかしながら、前示認定の事実にかんがみれば、本件事故後は控訴人の態度に起因して控訴人と被控訴人との信頼関係が損なわれ、被控訴人更生施設において効果的なリハビリを実施することが不可能な状態になったと認められること、また、前示認定事実によれば、被控訴人は本件事故後福祉事務所のケースワーカーと共に控訴人方を訪れて今後の訓練について話合いをしており、福祉事務所においても本件事故の発生及び事故後リハビリが中断状態となったことを認識していたものと認められる上、福祉事務所と被控訴人は、右のような状況の下において控訴人に対する措置について対応を協議していたものと窺われること(なお、控訴人から本件訴訟が提起されたことからその推移を見て措置解除等の対応を検討することとなったことも窺われる。)、さらに、控訴人には頚椎症性脊髄症で継続的に診療を受ける主治医(南共済病院の大成医師)があったところ、南共済病院の診療録等(甲一六の56、乙五)に照らせば、同病院においても身体機能回復のためのリハビリを実施することは可能であり、現に控訴人は被控訴人更生施設の障害を受ける前は同病院 においてリハビリを受けていたことが認められることなどを併せ考えると、措置解除のされないままに控訴人のリハビリを中断している被控訴人の対応が直ちに控訴人に対する不法行為を構成するものということは困難である。」
二 以上によれば、控訴人の請求は理由がなく棄却すべきであるから、これと同旨の原判決は相当である。
 よって、本件控訴は理由がないから、これを棄却することとして、主文のとおり判決する。
 東京高等裁判所第二二民事部

裁判長裁判官 石 川 善 則
   裁判官 土 居 葉 子
   裁判官 松 並 重 雄

右は正本である。

平成13年1月31日

東京高等裁判所第22民事部
裁判所書記官 山本 優