2000.9.20
伊藤利之意見書 控訴入の提出した甲第70号証の篠原睦治作成にかかる意見書について、臨床に携わっている専門家の立場から、意見を述べるものである。 平成12年9月20日 社会福祉法人横浜市リハビリテーション事業団 横浜市総合リハビリテーションセンター センター長 伊藤 利之 1.「本件事故前の財産状況の調査、知能テストなどが原告のブライバシーを侵害するか」という点 身体障害者更生相談所が、身体障害者福祉法に基づく更生援護施設の利用にあたり、通院中の医療機関からの情報を参考にしながらも、より客観的な立場から、医学、心理、社会、職能的評価に基づく施設入所の適否判定を行うことは、法の適正な執行にあたり必要とされる業務である。この際、各領域別の判定に関して、それぞれ一般的なスクリーニング検査(評価)を基本としつつ、必要に応じてより詳細かつ障害に適した検査(評価)を行うことは実際的であり、全国の更生相談所においても同様の判定業務が行われてきた経緯がある。なお、本年5月、社会福祉事業法の改正が行われたが、全国の身体障害者更生相談所においては、現時点においても引き続き同様の業務が行われている。 このように、法の適正な執行に必要な業務として行われる心理評価などと、一般臨床の中で主に診断・治療を目的に行われる心理評価を同一視して、しかも、一般論としてこれを論じることによって被告のプライバシーの侵害を立証しようとすることは、あまりに無謀な論法といわざるを得ない。もしこのような論法が認められるとすれば、およそ更生援護施設利用の適否に関して、身体障害者更生相談所は何ら有効な判定意見を述べることができなくなり、その機能を失うことになるであろう。 2.「心理テストにおける協力と拒否の間題」に関する倫理的・道義的間題 専門家と被治療者という力関係の下では、抑圧されたり屈従したりした結果として「拒否」したという側面を否定できないとして、ましてや、このような場面での「拒否」は、よっぽどのことがあってのことだろうというが、これらは一方的な推測を基に一般論を論じているにすぎない。 実際の臨床現場における専門家(医療従事者)と被治療者(患者)との関係は、カルテに記載された内容だけのコミユニケーションに止まらず、その数十倍、数百倍の会話や相互交流の中で必要な説明や説得が行われているのであって、これをカルテや裁判記録だけから一般論を展開し、それによってプライバシーを浸害したとする主張はとうてい許し難く、医療や福祉に真面目に取り組んでいる従事者を愚弄するものといわざるを得ない. 3.「入浴動作・排泄動作の確認と『プライパシーの侵害』」との関係 自宅で入浴動作と排泄動作を確認することに関して、「自宅で」という場所の限定がすぐれて私事性を有していることからプライバシーの侵害に繋がるとしているが、一般的にリハビリテーションの目標は自立生活にあり、障害が重ければ重いほど、その居住環境との調整は欠かすことのできないサービスメニューである。したがって、そのサービスの必要性やそのための評価の試みを患者に尋ねることすら許されないのであれば,医療従事者は常に患者の言うことだけを聞き、それに関係する重要なサービス情報を患者に提供することができなくなり、サービスの低下を招くことは明らかである. 本件の事実関係を十分に調査もせず、このような一般論だけを述べて、被告が原告のプライバシーを侵害しているかのような結論を導くことは、極めて無責任なものといわざるを得ない。 |