2000.4.12
答 弁 書 被控訴人は本件控訴につき次のとおりの裁判を求める。 一、控訴人の本件控訴を棄却する 二、控訴費用は、第一審および第二審とも控訴人の負担とする との判決を求める。 控訴人の控訴理由書に対する反論 第一、控訴理由書の序について 一、控訴人は、原判決につき争点の設定自体が恣意的であり、主要な争点である「転換ヒステリー」についての主張を摘示せず、判断を示していないことを不当と主張する(控訴理由書 序の2、3頁)。 しかし、転換ヒステリーの主張は、本件転倒事件の原因として考えられるものを補充的に主張したものであり、その原因の認定をするまでもなく本件転倒事件につき「被告主張のとおりの態様で転倒したことが認められるが、原告が右転倒により受傷したとは認めることができない(原判決69頁の2)」と事実認定しているとおり、その原因は本件ではそもそも争点とならないものである。 したがって、原審の争点の設定および判断に恣意性はない。 二、また、控訴人は、原判決が石川証人の証言をまったく無視しており、重要な証拠に目をつぶっていると主張する(控訴理由書 序の二 4頁)。 しかし、石川証人は被控訴人のリハビリの仕方に対して批判的な証言をしているが、石川証人は控訴人のリハビリの臨床現場にいたものではなく、その証言もカルテの文字面を捉えた抽象的なものである。また、事実に立脚していないことから医学的根拠にも乏しく、誹謗としか言いようのないものである。したがって、原審がかかる石川証人の証言を採用しなかったとしても、本件判断につき、恣意的なものとは言えない。 第二、控訴理由書の第一について 一、原審が示した「被告更生施設への入所措置は、行政処分であり、施設入所者(原告)と被告更生施設との関係を民事上の契約関係と捉えることは困難である」との認定は、各法条および本件における入所措置決定までの手続きを十分踏まえて判断されているものであり(原判決47頁ないし53頁)、適正なものである。 二、なお控訴人は、入所措置決定までの経緯のうち、「控訴人から福祉事務所に対し入所申込がなされ、福祉事務所から被控訴人に対して控訴人の入所についての委託申込がなされたのは、平成2年12月17日であり、同月27日付でこれに対する被控訴人の承諾がなされ、平成3年1月1日付で、福祉事務所により被控訴人リハセンターへの入所措置決定がなされた」という事実経過をとらえ、「福祉事務所から被控訴人に対する入所委託は、実質的には、被控訴人の入所申込みであり、これに対し被控訴人が入所承認通知という形で承諾したことにより、既に被控訴人と控訴人との間でなされていた入所の合意が再確認され、控訴人と被控訴人との間で入所によるリハビリ給付契約が締結されたというべきである」と主張する。 三、しかし、入所措置決定に先立って入所委託がなされその承諾がなされるというのは法的な手続きに従った通常の事務手続上の流れであり、何ら本件に限ったことではなく、更生施設の入所承諾が予想されるからといって、なにゆえ更生施設と入所者間との直接の契約となるのかも定かでない。 更生援護措置としての更生施設におけるリハビリは、外来の診療所における機能回復訓練等と異なり、障害者が置かれている社会生活状況およびその問題点を的確に把握し、機能回復訓練のみでなく心理的更生訓練、社会生活技術訓練、職業的更生訓練などをあわせて行い、総合的な観点から障害者の自立および社会経済活動への参加を図ることを目的とするものであり、障害者の主観的な希望や要望を尊重しつつも、障害の受容を含め、専門的な観点からリハビリを行うものであって、単なる私人間の診療契約とは質的にも異なるものである。そして、外来時の診療において、担当医師が専門家の立場から右のような更生援護措置としての更生施設でのリハビリの必要性につきその所見を持ったとしても何ら奇異なことではないし、本人が希望する場合それに必要な手だてをすることはむしろ望ましいことであり、だからといって更生援護措置の法的性質が変わるものでないことは言うまでもないことである。 なお、この点に関する反論は、被告の最終準備書面56頁の第一で、すでに詳述したところである。 また、控訴人の予備的主張である安全配慮義務についての反論は、被告の最終準備書面70頁の第三ですでに詳述したところであるので、参照されたい。 第三、控訴理由書の第二について 一、控訴人は、心理のカリキュラムを拒否した結果、「予想されていたプール内の運動療法や所外での交通機関利用訓練を取り止めにされた。……控訴人だけがいわば仲間はずれにされたのである」と主張する。 しかし、リハビリテーション計画書につき控訴人の同意が得られたのは平成3年2月8日であり(甲第16号証の28)、その後計画書にしたがって訓練を行っていたが、プール内の運動療法や所外での交通機関利用訓練等を行う以前の平成3年2月26日に本件転倒事件が発生したために、同訓練ができなかったにすぎない。控訴人のいうような心理のカリキュラムを拒否した結果取り止めにした事実は一切なく、言いがかりである。 二、また、控訴人は、原職復帰のためのリハビリという希望からみて、心理評価の必要性自体疑問であるとし、その根拠として桂医師の依頼箋(甲第16号証の61)に心理療法が医療指導の中に入っていないことを揚げる(控訴理由書22頁の1)。 しかし、被控訴人が被告の最終準備書面で述べたとおり(最終準備書面38頁以下)、控訴人が訴えている身体障害については、診察所見で脊髄神経の器質的損傷によって生じる障害に心理的反応(心因反応)による障害がブラスされている可能性が認められており、理学療法士や作業療法士による身体機能的アプローチとともに、心理的なアプローチを加えながら一定期間訓練頻度を増し治療する必要性があると判断されていたものであって(乙第12号証の第一の一)、専門的な見地からは、心理の時間の必要性があったものである。 したがって、その必要性の下に、心理を受けるように説得することは、むしろ医師等における義務ともいえるものであり、その説得をもってプライバシーの侵害として許されないとすれば、おおよそ効果的なリハビリの実施は困難となってしまう。但し、心理的更正の効果を大にするためには、本人の了承のもとに実施する必要があり、被控訴人は控訴人の理解が得られるまでその実施を見合わせていたのである。 さらに、控訴人は、桂医師の依頼箋(甲第16号証61)に心理療法が医療指導の中に入っていないことを根拠としてあげているが、同依頼箋は甲第16号証が更生施設入所措置決定前、南共済病院における治療に引続き、機能訓練のために外来治療を受けていたリハビリセンターの診療所での依頼箋であり、これをもって心理療法の必要性がなかったとする根拠とはならないものである。 三、また、入浴動作等の確認についても、控訴人においては、平成3年1月8日および9日の時点で、入浴、配膳、掃除、ゴミ捨て等生活のかなりの部分につき問題をかかえており(甲第16号証の12、同号証の11)、かつ家族の介護を受けていたものである(甲第16号証の2の平成3年1月7日の欄、同号証の10の2の「家族の協力関係」および「上記以外の親族関係」欄、同号証の11「社会面・家族状況」欄)。 このような、原告の日常生活動作(身の回りの動作など)および生活関連動作(家事動作など)の状況からすれば、原告に対し訓練の必要性を判断し、また訓練内容を決定するためには、自宅での日常生活動作および生活関連動作を把握して評価することが、専門的な見地から見れば必要だったものである。 したがって、心理の場合と同様、自宅での日常生活動作および生活関連動作を実際に確認する必要性を述べこれを説得することは、むしろ更生施設における義務ともいえるものであり、その説得をもってプライバシーの侵害として許されないとすれば、おおよそ効果的なリハビリの実施は困難となってしまう(なお、詳述は被告の最終準備書面41頁以下を参照されたい)。 第四、控訴理由書の第三について 一、控訴人は。原審が「信用性の乏しい被控訴人の再現写真に依拠して被控訴人のいうがままの事実を認定した」と主張しているが(控訴理由書33頁)、原審は転倒事件時の控訴人の医学的な運動能力、転倒事件前後の身体的変化や治療内容、転倒事件前後の控訴人の訓練の様子等を総合的に判断して、認定しているものであり、経験則に合致するものである。 二、控訴人は、乙第1号証に添付した@及びAの写真につき、右下肢で体重を支え、左下肢を横に動かしているが、当時左下肢は麻痺し筋力が低下していたので、長下肢装具の装着により重くなった左下肢を横に動かす力はなく、このような身体的動作はできない旨主張する(控訴理由書33頁)。 しかし、ロールの転がる勢いは弱く、たとえ控訴人の右下肢に当たったとしても、右下肢で体重を支持している限り十分に立位を保持し得るものである。そして、自ら前方に手をつくようにしゃがむ場合には、長下肢装具で固定された左下肢を左外方へ開脚せざるを得ないが、これは控訴人の左下肢の運動能力とは無関係に単なる重心の右前側方への移動によって可能であり、控訴人の指摘には理由がない。 換言すれば、控訴人の場合には、重心の右前側方への移動によって左下肢は自動的に左外方へ開脚することになる。 三、なお、控訴人は宮崎理学療法士の証言等につき信用性がないと主張しているが、客観的に残された記録や、その他の記録と照らし合わせて信用性は十分であり、それを否定するようなものはない。 反対に、控訴人の主張する「訓練用ロールが平行棒の上から落下して床に落ち、原告の立っていた位置で原告の右足にぶつかったため、原告は転倒しないようにふんばった後、結局その衝撃でバランスをくずしてその場において全身の筋肉が緊張した状態で後方に転倒して、背中を床に強打し、頸部に衝撃を受けた」との事実を裏付けるのは、控訴人の本人尋問における供述のみであるが、転倒事件前後での控訴人の主治医である南共済病院の医師による診断においても身体状況の変化がないことや、投薬に変化がないことの客観的な証拠とあまりにもかけ離れたものであり、何をもって信用性があるというのであろうか。 なお、控訴人の供述に信用性がないことについては、被控訴人は被告の最終準備書面の争点一で多角的かつ詳細に述べているので、参照されたい。 第五、控訴理由書の第四について 一、控訴人は「転倒事故時、伊藤医師は、同じ部屋の中にいたにもかかわらず、原告に何ら注意を払わなかった」と主張するが、そのような事実はなく、ましてや、控訴人が主張するような重篤な障害を生じかねない転倒があった場合に気づかないなどとはおおよそ考えられないことである。右事実は、控訴人の本人尋問で述べられているにすぎない。 二、また、控訴人は、「被控訴人は事故についての報告書を容易に渡そうとせず」とか、「被控訴人は、控訴人に事故状況を書面で提出するよう要求し」と主張しているが(控訴理由書49頁)、当初から事故状況の報告を文書で強く要求したのは控訴人の方である。転倒事件後の平成3年4月12日に被控訴人職員が控訴人の要請を受けて自宅訪問をしたとき被控訴人に対し事故状況を文書で提出するよう要請があり、同職員は検討する旨回答し、10日後の同年4月22日には事件状況の文書を控訴人に渡している(甲第16号証の2の同日欄、甲第2号証)。 しかし、控訴人が右事件状況の文書は事実と異なると主張したことから、どこが違うのか被控訴人においては不明確であり、控訴人の主張する事件態様の提出を求めたものである。右要求は至極当然のことてあり、控訴人に大きな負担をかけたなどとは言えないものである。 三、控訴人は「被控訴人は医学的合理性なしに、控訴人に対するリハビリを放棄した」と主張する(控訴理由書52頁)。 しかし、被控訴人ガ被告の最終準備書面53頁以下でも述べたとおり、本件転倒事件をきっかけに控訴人と担当の医師や理学療法士、その他リハビリテーションセンター・スタッフとの信頼関係も完全に失われてしまった状況で、かつ控訴人において頭痛、嘔気、目眩等、手術後のような強い自覚症状を訴えており、その後頭痛、嘔気、目眩などの自覚症状は改善されたものの、一部ふるえなどの自覚症状を訴えている状況では、控訴人の手術を担当し控訴人において最も信頼できる主治医(南共済病院大成医師)の下においてリハビリを行うことが妥当であり、整形外科の専門的な治療施設や精神科医等の総合的な医療体制のない被控訴人更生施設でリハビリを行うのは不適切であるとの判断は、リハビリの考え方としても正当なものである。 四、なお、控訴人は石川証人の証言をあげるが、石川証人は控訴人のリハビリの現場にいたものではなく、十分な事実関係の把握もないまま、診療録の文字面を捉えて抽象的な一般論を述べているに過ぎず、この意見こそ医学的根拠に欠けるものである。 第六、以上のとおり、控訴人の控訴理由書は何ら理由がないものであるが、右部分を除いた控訴理由に対する反論も全て被告の最終準備書面で詳細に述べているところであり、参照されたい。 以上 |