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96.10.24


陳述書

伊藤利之

第一、原告を身体障害者更生施設に通所することが適当とした理由
一、私は、更生相談所の判定医として徳見さんにつき、更生施設入所判定のための医学判定を行い入所が適当と判断しました。その理由は次のような点からです。
1.徳見さんについては、二か月程通院による機能訓練(理学療法士および作業療法士が担当)を行いましたが(頻度、週一回)、特に身体的機能の改善が認められなかったこと、
2.徳見さんが機能訓練の頻度の増加と継続を希望していたこと、
3.1990年10月30日の診察所見で、徳見さんが訴えている身体障害は、脊髄神経の器質的損傷によって生じる障害に、心理的反応(心因反応)による障害がプラスされている可能性が認められたこと。
 など、特に理学療法士や作業療法士による身体機能的アプローチだけでは効果的でなかったことを踏まえ、さらに心理的アプローチを加えながら一定期間、訓練頻度を増して治療するべきと判断しました。
 そこで、徳見さんの希望どおりこれまでの機能訓練を維持しつつ、生活指導員や臨床心理士などによるサポートができる体制を整える目的で、身体障害者更生施設の利用を適当としたものです。
二、但しこのような場合、一般的に患者さんはしばしば心因反応による身体障害を否定することから、この時点ではことさらに心理的アプローチの必要性は説明せず、機能訓練の継続に加え、日常生活やその関連動作に関わる社会生活訓練を受けることの意義を説明したにとどめました。

第二、身体障害者更生施設におけるリハビリテーション計画
一、前記第一の3でも述べたとおり、我々は徳見さんの身体障害については「脊髄神経の器質的損傷+心因反応=顕在化した身体障害」と診断しました。
 したがって、心因反応によって生じている障害を除くことができれば、残りは器質的損傷による障害だけとなるために、治療が成功すれば身体障害の改善が見込め、左下肢に短下肢装具を装着して一本杖歩行が実用的になる可能性があると予測しました。
二、一般に、このような心因反応による障害の改善には、木下論文の「前治療段階」(乙第7号証の 697頁)に書かれているとおり、「患者治療者間の信頼関係をつくり上げることが治療の第一歩」であり、信頼を得た治療者がキーパーソンとなり、患者さんの「温かく保護されたい願望」に応えることでその心理的抑圧を緩和することに努めることが原則です。
三、そこで、徳見さんのリハビリテーション計画としては、顕在化している身体障害のすべてを器質的損傷によるものとみなし、その訴えをできるだけ受け入れる環境、雰囲気をつくりつつ、まず治療者と患者間の信頼関係を確立することに努めることにしました。なお、この間の機能訓練や社会生活訓練も、脊髄神経の身体障害に器質的損傷の結果生じたと思われる身体障害ではなく、より重度になっている顕在化した身体障害のすべてを受け入れ、それに対する基本的訓練を行いました。
四、右のような方針は「転換ヒステリー」の患者さんに限らず、自ら意欲的に取り組まなければ効果が得られないリハビリテーション医療では原則的ともいえる方法であり、真に器質的損傷による身体障害者にもあてはまることから、評価会議において、もっとも適当なリハビリテーション計画であるとの合意を得たものです。

第三、身体障害者更生施設におけるリハビリテーションの経過と結果
一、リハビリテーションにとって、評価と訓練は表裏一体です。機能訓練の成果をできるだけ客観化し、それをフィードバックしながら進めることで患者さんに自信を持ってもらい、その結果として訓練に意欲的に取り組んでもらえるように心掛けており、徳見さんの場合も同様に取り組みました。
二、徳見さんについては、身体障害者更生施設の生活指導員との信頼関係はある程度得られたと思われますが、社会生活訓練や臨床心理士などによるアプローチには拒否的で、当初計画した「心理的サポート」の体制づくりはうまくいきませんでした。
三、また、これまでの外来通院時に比し理学療法士や作業療法士による機能訓練の頻度は増しましたが、身体機能についてはその時々の調子で若干の変動はみられるものの基本的に変化はなく、一進一退の状態でした。
四、そして、右二で述べたように、計画した心理的支持のアプローチに拒否的で、かつ身体機能的な改善が認められないことから、心理的問題による障害が予想以上に大きく、現状のスタッフだけでは解決できないかもしれないと考え(精神科医師などによるコンサルテーションが必要)、予定した通所期間が切れる三月末までにリハビリテーション計画を再検討する必要があることを覚悟しました。
五、しかし、平成3年2月26日の本件転倒事件発生以後、徳見さん本人の「通所困難」との訴えにより身体障害者更生施設におけるリハビリテーションを中断しました。

第四、整形外科医が常勤する病院で治療することが適当であるとアドバイスした理由
一、徳見さんは頚椎および頚椎間板の異常から生じた麻痺があると診断され、そのための手術まで受けていることを考慮すると、種々の自律神経症状を強く訴え続けているような不安定な時期においては、いつでもそれに対応できる専門の医師と医療体制のあるところで治療を受けることが適当ですし、患者さんもそれを望むのが通常です。
二、事実、徳見さんは転倒事件後、われわれの診察を断り、わざわざ手術を担当した大成医師の診察を希望され南共済病院を受診していること、その理由として、当法廷において、「脊髄の症状を理解できない医者に診てもらうことは非常に危険な行為だと私は思っていました」と証言していることからも明らかです。
                                        以上