92.12.3
冒頭陳述 昨年2月26日、私は、横浜リハセンターにおいて、リハビリ訓練中に転倒事故にあいました。そのとき、訓練室には医者がいたのですが、倒れて苦しんでいる私を、治療もせずに放置したままでした。 事故以前には自力でどこへでも出かけられ、介護者なしに生活していました。事故直後からは、それができません。転倒により生活そのものが大きく変化しました。そしてリハセンターに自力で通えなくなった私は、「入院あるいは入所してリハビリを受けたい」と申し入れをしました。そして、一年半にもわたって交渉をしてきたのですが、リハセンターの姿勢は、一貫して「リハビリ再開拒否」でした。 リハセンターが、素直に事故の責任を認めて謝罪し、その後、障害の見直しをしてカリキュラムを変更し、リハビリを続けたならば、裁判を提訴するには至らなかったかもしれません。 訴状の「本件訴訟の意義」の部分には、次のように書いています。 「この事故の発生する背景として、害者のためのリハビリ」という基本的な観点を喪失し、障害者の管理と情報収集に重点がおかれているリハセンターの姿勢が問われなくてはならない。また、事故発生後、事実を正確に把握して、原告にとって必要な処置をすべきことは……リハセンターで訓練を受けている患者に対するケアとして当然なすべきことであった。ところが、リハセンターはこうした対応を一切せず、事故の事実経過については、少数の職員の「報告」のみを鵜呑みにして、原告の訴えに耳を貸そうとせず、事故をきっかけに、これ幸いと、原告に対するリハビリを放棄してしまったのである。こうした対応は「障害者のプライバシーを無視した情報収集に異を唱え、障害者の主体性を尊重するリハビリを求めた」原告に対する報復といわざるをえないものである。」 転倒事故の7週間前、集中リハビリに通いはじめて1か月ほどたったころ、集中リハビリ期間の主なるカリキュラムの提示がありました。その中に「排便・排尿そして入浴動作の確認」が、訓練カリキュラムにあったとき、他の障害者たちに相談しました。すると、「これはやりすぎた」という声がたくさん出ました。そして、すでに、この評価・判定をされた障害者の報告もありました。その方によりますと、排便・排尿動作は「パンツ1丁までやった。それ以上やられたくないので、指導員に泣きついた」。入浴動作は「それ以上見られるのはイヤなので、前もって家族に、湯船に水を入れさせた。水だとハダカになってやれとは言わない。カラだったり、お湯だったりするとやらされるかも……」。と言いました。 このように、障害者たちが「リハセンターでのリハビリは、〈障害者のため〉と言いながら、〈評価・判定〉ばかりで、当事者には何の役にも立たないものであり、プライバシー侵害でしかない」と思わせる内容に対して、多くの障害者が「おかしい」という声を出す動きが起こりました。これは、リハセンターにとっては、大変不都合な動きであったと思います。そのカリキュラムをめぐった3週間のやり取りの最中に、私の転倒事故が起こりました。 したがって、転倒事故直後の対応や、また事故以来リハ再開を要求してきた私への一貫した「リハ再開拒否、他の総合病院へ行け」とする対応は、私に対する「追い出し」であり、これは「障害者のために役立たないリハビリ」を強要し、プライバシーを無視してまで、不必要な情報収集を行うリハセンターのあり方が、障害者差別以外の何ものでもないと抗議し、批判していた私に対する「報復」であると言わざるをえません。 私が、この裁判でもっとも訴えたいのは、このことなのです。 裁判の中で、「リハセンターは、障害者当事者にとって必要なリハビリをやっていたのか」「なぜ、私に対してリハ再開を拒否したのか」などを、明らかにして行きたいと思います。そして、介護者つきの生活を余儀なくされた私自身に対する生活上の不利益、これに対する損害賠償をふくめた形で、提訴させていただきました。 よろしくお願いします。 (「冒頭陳述」のメモで、実際の「陳述」ではありません) |