横浜市長 中田宏様
障害者の労働・差別を考える会
2002年7月1日
「障害者の労働・差別を考える会(障労)」は、1995年、高秀市長時代に、横浜市学校保健会から、「障害者になった」ことを理由に解雇された徳見康子さんの問題をきっかけに、「障害者があたりまえに生きられる社会」を目指して設立された会です。
徳見さんは、1967年に横浜市学校保健会に就職し、市立小・中学校を巡回し、子どもたちの歯みがき検査や歯科保健指導に従事してきました。しかし、78年ごろから、職業病のケイワン症が発症し、さらに首の脊髄萎縮が出現して手術し、手術後のリハビリをおこなっていた横浜市総合リハビリテーションセンターでの事故で車椅子生活となりました。
そのため、保健会に対して、「介助者をつけたり、仕事のやり方の工夫次第で仕事はできる」として、復職をお願いしてきました。しかし保健会は、「自力通勤・自力勤務できない」「立ったり座ったりして仕事ができない」などという理由で復職を認めず、3年近く「欠勤扱い」として仕事を与えないまま、95年1月に解雇(分限免職)を言い渡してきました。
その後設立された「障労」でも、会として保健会に解雇撤回を申し入れてきましたが、「すでに決まったこと」として、従前の理由を繰り返すだけで、「なぜ車椅子で仕事をしてはいけないのか」という問いには、まったく答えることはありませんでした。
そのため、徳見さんは2000年6月に、学校保健会を被告として解雇撤回を求める裁判を提訴し、現在係争中です。
裁判所は、これまで提出された様々な証拠にもとづいて、被告(その実質的責任者が横浜市であることは、裁判所も認めています)に対して、「原告(徳見)の復職を受け入れる方向で検討するように」という打診を積極的に続け、2001年3月以来、非公開の「進行協議」は、1年間(9回)に及びました。
しかし、被告・学校保健会は、「車椅子では、健常者と同じ姿勢・同じやり方で仕事ができないから、復職は検討の余地すらない」という姿勢を崩さず、和解の席につくこと自体を拒み続けたため、裁判長は、「現状では、和解は不可能」と判断して、審理の続行を決定しましたが、訴訟の進行状況から和解勧告案を提示することを留保して、証拠調べに移っただけで、証拠調べを経て再度和解を進める意思であることを明示しました。そして、この5月23日には、解雇当時の長島清・教育委員会学校保健係長の証人尋問がおこなわれました。
長島証人は、「(徳見の)体の状況では、仕事はできない」と述べて、障害者になったことが免職の理由であることを証言しました。
また、市(高秀前市長)当局は、解雇後、当会の質問に対して、「保健会が十分に検討した結果」であり、「解雇は、能力主義的観点からやむをえない」として、解雇の追認をしておりますが、「障害者になった」ことだけを理由にするこのような処分を、市当局が認めることは、許されるのでしょうか。
周知のように1981年の国際障害者年に掲げられた「完全参加と平等」の理念は、「障害者基本法」の基本的理念として位置づけられています。その3条では、「すべての障害者は、個人の尊厳が重んぜられ、その尊厳にふさわしい処遇を保障される権利を有する」と規定されており、健常者を前提にして、能力主義の観点から障害者を差別的に取り扱うことを当然としてきた、これまでの認識や施策の抜本的な見直しが、意識的にはかられてきたといえます。
また、1983年に採択され、日本において1992年に発効した「障害者の職業リハビリテーション及び雇用に関する条約」(ILO第159号条約)は、国際障害者年の「完全参加と平等」の理念をさらに具体化する国際基準を採択したものであり、同条約7条は、加盟国の権限のある機関に「障害者が職業に就き、これを継続し及びその職業において向上することを可能にするための職業指導、職業訓練、職業紹介及び雇用に関する事業その他関連の事業を実施し及び評価するための措置をとること」を義務づけて、障害者である労働者と他の労働者との間の機会および待遇について実効的な均等をはかっています。
この条約の批准を受けて1993(平成5)年に改定された「障害者基本法」は、障害者の雇用促進を国および地方公共団体の責務として、そのための施策を講ずることを義務づけています(同法15条)。
また「身体障害者福祉法」においても、身体障害者の自立と社会経済活動への参加を促進するための援助と必要な保護を、国・地方公共団体の責務としています(同法3条)。
これらの一連の条約や立法の流れからすれば、すでに障害者に自立可能な積極的援助を与えつつ、すべての分野でその権利を保障することを、法律は求めているといえるでしょう。
さらに、横浜市においては、法律および国際障害者年の理念に基づいて、細郷市長時代の1981年(国際障害者年)に「横浜市職員への身体障害者雇用について――基本方針」を策定し、障害者を「特別枠」で雇用する制度を発足させています。
この「基本方針」は、「身体障害者雇用促進法の趣旨に則り、働く意志と能力のある身体障害者に就労の途を開くため」に、法定雇用率達成に向けての「到達目標」を設定すると共に、「受け入れ体制の整備」として、「適職の拡大」「職場環境の改善」「職員への啓発」「外郭団体への協力要請」などの「努力目標」を規定し、積極的に障害者雇用を進める姿勢を示している点で、国際障害者年の理念の実現に向けた市の取り組みの表れとして評価することができるものと思います(「身体障害者雇用促進法」は、1987(昭和62)年7月に改訂され、「障害者の雇用の促進等に関する法律(以下、「雇用促進法」という)」となりました)。
しかしながら、この「基本方針」は、「自力通勤・自力勤務できること」を、職員採用試験における「受験資格」の要件の一つと規定しています。
「基本方針」の趣旨に従うならば、この「自力通勤、自力勤務」の要件は、単に「自力通勤、自力勤務できなければ、採用しない」ということではなく、雇う側が「自力通勤・自力勤務ができるように、職場環境の整備に努める」ことを前提としているといえるのですが、現実的には、「健常者と同じ条件で、同じように働ける障害者」のみを雇用するものになってしまっています。
したがって、これは、身体障害者福祉法のいう「すべて身体障害者は、社会を構成する一員として社会、経済、文化その他あらゆる分野の活動に参加する機会を与えられるものとする」という趣旨に反し、使用者側が一方的に「自力通勤・自力勤務」できないと認定された障害者を排除するものにほかなりません。
さらに、この条項は、この制度によって雇用された障害者や、(徳見さんのように)中途障害者にも適用されて、解雇の理由の一つにされています。
このように、市の障害者雇用制度は、「障害者雇用」をいいながら、その実態は「能力のある障害者」と、そうでない者とを選別し、「自力通勤・自力勤務」の条項によって、「(能率・効率の悪い)障害者は雇用しない」と宣言しているのと同然であり、したがって、「自力……」ができなくなれば、辞めてもらう、あるいは「心身の故障のため……」という条項によって、解雇することになるのです。
当然ながら、「自力」の範囲は、人が使用する機械・器具・道具・補助具などによって様々に変化するものです。したがって、雇用促進法によって設立された「日本障害者雇用促進協会」では、事業主が障害者を雇用するにあたって、さまざまな「援助」をおこなっています。たとえば、施設・設備面での改造や改良のための費用、必要な補助具、介護人(パーソナルアシスタント)をつけるための費用等の支給や貸し出しなどをおこなって、「障害者の雇用の促進と職業の安定に貢献するため(雇用促進協会の案内書より)」の制度をつくっています。
障害者の雇用を積極的にすすめている民間企業では、「自力通勤」のみを要求し、「自力勤務」を求めるところはほとんどありません。それは、このような制度を利用することによって、障害者個々の状態にあわせた環境整備をおこない、会社に来ることができさえすれば、職務の遂行が可能になるからなのです。
一方、自治体では、障害者雇用にあたって「自力通勤・自力勤務」を要件とするところがほとんどです。民間企業の「お手本」となるべき自治体が、このような差別的な制度を、維持し続けるのは、許されることではありません。
しかし(というより、当然というべきでしょうが)、川崎市ではすでに「自力通勤」を削除し、大阪市では「自力勤務」条項をも撤廃するなど、「自力通勤・自力勤務」の要件を見直す自治体もふえています。
横浜市において、1981年に策定された「基本方針」が「到達目標」としている「20箇年後」は、昨年(2001年)でした。現在、「身体障害者雇用調整連絡会議」において、「基本方針」の見直し作業がはじまっているといいますが、中途障害者も含めて、障害者の差別・排除の根拠とされる「自力通勤・自力勤務」条項の撤廃と共に、「基本方針」に盛り込まれている国際障害者年の理念を(単なる努力目標ではなく)具体的に実現するような施策をすすめていただくように、お願いいたします。
1.徳見康子さんの解雇を撤回し、原職復帰を認めてください。
2.「横浜市職員への身体障害者雇用について――基本方針」にある「自力通勤・自力勤務」条項を撤廃するなど、より積極的な障害者雇用施策を進めてください。
以上
連絡先:障害者の労働・差別を考える会
横浜市青葉区元石川町4216-1-C
TEL・FAX 903−3363
市広聴第103034号
平成14年8月7日
障害者の労働・差別を考える会 様
横浜市長職務代理者
横浜市助役 清水利光
さきに要望(2002年7月1日)のありましたことについて,次のとおり回答します。
1 徳見康子さんの解雇については,学校保健会において,本人の当時の体の状態と学校保健会の業務内容を合わせて検討した結果,歯科衛生士として学校での歯科巡回指導が不可能であると判断し,免職にしたものと聞いています。
2 横浜市職員への身体障害者雇用については,「障害者の雇用の促進等に関する法律」の趣旨を踏まえたうえで,法定雇用率を上回る雇用を実現していくため,昭和56年から計画的に積極的な採用を図るとともに,昭和62年からは,身体に障害のある人を対象とした職員採用選考を行ってきました。
さて,ご要望の『基本方針にある「自力通勤・自力勤務」条項の撤廃』についてですが,自力による通勤及び職務遂行能力は,本市職員として必要とされる条件であり,「自力通勤・自力勤務」の条件の削除は考えていません。
なお,勤務に関する不安や施設・設備の改善等職場環境の整備などについては,各職場へ身体障害者雇用指導相談員を配置し,職員の具体的な意見・要望を踏まえて総括的な指導・相談を行っています。具体例として,障害によるハンディのため歩行困難な場合には,自動車通勤を認め,本市が保有する施設に駐車場を確保するなどの措置を講じ,個々のケースに適したフォロ―体制を図るなど様々な工夫を行っています。
また,障害者雇用施策については,引き続き,働く意思と能力のある方を対象に,積極的な採用選考を行っていきます。
この旨ご了承いただき,貴会の皆様によろしくお伝えください。
2002年3月31日の市長選挙で、高秀秀信市長が落選しました。3期12年務めて、4期目の立候補でした。建設官僚出身の高秀は、12年の間に、「みなとみらい」や国際競技場をはじめ、港湾・道路・巨大施設を次々と建設してきました。そのために、オリンピックも利用しようとしました(これは失敗しましたが)。落選後、高秀を応援する建設会社関係の選挙違反事件が明るみに出るほどでした。その一方で、徳見の解雇を「能力主義的観点から」容認し、障害者雇用の理念を放棄して、単なる「法定雇用率」にすり替えてしまいました。
このような高秀市政を、新市長も踏襲するのでしょうか……ということで、新市長への「要望書」を作りました(02.7月1日に提出しました)。
8月7日に回答がありました。