| リハ裁判弁護団から |
【一審判決を前に】 「リハ裁判」弁護団 現在、施設や雇用先等さまざまなところでの障害者の人権侵害が明らかになりつつあります。しかし、障害者が自ら自分の権利を守るために立ち上がることは容易ではありません。「リハ裁判」は、転倒事故をきっかけとしたものの、原告の徳見さんの確固とした問題意識を受けて、今日のリハビリのあり方、リハビリの中での障害者の人権を問う裁判になりました。 事故後の交渉のときもそうでしたが、裁判になってますます、リハセンターは、なりふりかまわず「ものを言う障害者を袋だたきにする」姿勢をエスカレートさせていきました。自らが主体となって裁判をたたかい抜こうとする徳見さんの姿勢に比べて、リハセンター側の貧しい「障害者観」と徹底した責任逃れの行動には、こちらが悲しくなるほどでした。 スローガンとしての障害者の人権はけんでん喧伝されていますが、裁判の判断基準とされるべき具体的な権利保障についての議論は緒についたばかりです。弁護団は重い宿題を背負いながら結審にこぎつけました。裁判所はどこまで応えてくれるでしょうか。判決を通じて、裁判所のほうが歴史の審判を受けることになります。 介護保険や成年後見制度の導入など、福祉制度は新しい段階にさしかかっています。「障害者の人権」は、じつはすべての国民の人権の問題です。21世紀に通用する判決を得るためにも、一層のご支援をお願いします。 1999年10月 |
【最高裁の決定を受けて】 弁護士 森田 明 「リハ裁判」は、高裁の敗訴判決に対して、最高裁に「上告及び上告受理申立て」をしていましたが、去る7月13日、どちらの申し立ても認めない、という決定がされました(最近の民事訴訟法の改正で、上告理由が憲法違反等きわめて限られたものになり、そのかわりに上告理由に当たらなくとも最高裁が自らの判断で審理してよいとするものを受け付ける「上告受埋」という制度ができました。実際には多くの場合、両方の申し立てをします)。 上告及び上告受埋申立てをしたのが今年の2月13日、それぞれの理由書を提出したのが4月9日、そして、実際に記録が最高裁に上がるのはそのあとで、5月18日に最高裁から「記録到着通知書」がきています。その時点ではじめて最高裁の配属部も決まるわけです。 つまり、こちらが書面をだしきってから最高裁が受け取るまでに3か月以上かかっていながら、最高裁はわずか2か月で最終結論をだしているわけです。最高裁では、裁判官が事件の記録を見る前に、最高裁調査官といって、若手の裁判官から抜擢された人が、争点や証拠の整理をするのですが、実際にはここで上告理由にあたるかの振り分けがされてしまうと言われています。最高裁の最短の判断は3か月がめどと言われていて、これは、調査官、担当裁判官、担当部の合議をすんなりとおって結論が決まるのに必要な期間がそれくらいと見られているからです。 それにしても2か月はあまりに短い。およそまともに審理するつもりがなかったということでしょう。決定の理由もいわゆる三下り半の定形文言で、「上告理由に当たらない」「上告受理はしない」と言うだけです。 実は、最高裁に上がる事件の大部分は、このような「処埋」 (3か月で三下リ半の決定)で終わるのが実情ですし、リハ裁判が最高裁で逆転できるかについては、非常に困難だと思っていました。それを承知の上での上告でした。 それにしても、この三下り半は、何度見ても憤りに耐えません。上告理由の中でおこなった主張は、現在の制限された上告理由には収まらないように見えたのかもしれません。しかし、一審判決も控訴判決も、徳見さんの人格に対する全否定に等しい、あまりに一方的な判断です。それがそのまま通ってしまうことは、どうしても認めさせたくなかった。私なりに懸命に、一審判決と控訴判決の問題点を指摘して、それなりの量の理由書を書きあげました。それが一顧だにされなかったこと、そのことが、弁護士の苦労がどうのというのではなく、徳見さんの思いを伝えきることができなかったという点で、悔しくてなりません。 しかし、こうした裁判所の姿勢が後世から見て、是とされるのか、とんでもない認識不足として嘲笑の対象となるのかは、私たちがこれから、どれだけ社会の認識を変えていけるかにかかります。この事件の一連の判決は、私たちがこれから何とたたかわなければならないかを際だたせてくれたともいえます。 リハ裁判の―連の判決を踏まえた新たな運動を展開し、係属中の「解雇裁判」とともに、「障害者」への認識を転換する―つのステップにしていきたいと思います。 (2001.7) |