4月20日(日) シューラーコンサート
 いよいよ、「発表会」の当日である。徳見の緊張感はいやが上にも高まり、緊張をほぐすためにも、「朝ぶろ」にはいる。徳見が泊まっている部屋のすぐ近くにある「車椅子トイレ」には、おふろがついていて、何となく孤独感におそわれてしまうような暗い雰囲気なのだ(徳見・きっと、過去に誰かここで自殺したにちがいない、などと想像してしまう……!)。しかし、とにかく便利で入りやすいので、つい利用してしまう。
 ふろに入りすぎて(?!)徳見の右手薬指にあった「タコ」がふやけてとれてしまう。このタコは、「すもものマーチ」を弾くときに、伴奏弦の音を出すための貴重なタコなのである!
 朝食の食堂へ行くと、内藤先生や「世話人」の高松校の人たちが、しきりに窓の外を見ながら、空模様を気にしている。窓越しにフェリーの到着する池田港が眼下に見えるのだが、霧が立ちこめて、あまり視界がきかない。この霧のためにフェリーが遅れているらしく、今日のスケジュールから参加する人たちが間に合うかどうか心配しているのだ。
 朝食後、「アンコール・コンサート」と称して、一昨日の池田小学校での演奏会を「再現」する。このころには、無事フェリーも動いて、予定していた全員がそろったようである。
 アンコールコンサートに引き続き、いよいよシューラーコンサートである。演奏するのも、聴くのも、ほとんど内藤先生の「門下生」とはいえ、友人・知人たちの前で気楽に弾くのとは違って(それでもけっこう緊張するのだが……)、「専門的な評価」にさらされるのだから、その緊張ぶりは、並大抵ではない。昨夜から「もう帰ろうかな……!」などと、半分冗談だが、残り半分は本気でつぶやいていたのである。
 だが、緊張するのは、ほとんどの出演者も同様である。ここは、お金を取って演奏を聴かせる音楽会のような、「演奏する人」がいて「聴く人」がいるという場所ではない。「聴く人」は、次の瞬間には「演奏する人」になるのである。「次の瞬間」でなくても、いずれはそうなるのだから、「聴く人」は、いつも「弾く人」の身になって聴くことになる。だからこそ、緊張感をはらみながら、「弾く人」と「聴く人」の気持ちが響きあうのだ。
 やがて徳見の出番となった。もはや「頭の中が真っ白」な状態になってしまっている徳見は、「専門的な評価」などという余念も吹っ飛んでしまい、ひたすらチターの中に埋没する。うまく弾けたかどうか分からないし、タコがとれた指の弦からは音が出なかったけれど、「すもものマーチ」は好評で、終了後何人かの人が、「とてもよかった」とか、「きれいな曲ね。楽譜がほしい」などと言ってくれる。
 終わってからの拍手が、他の人に比べてかなり長かったような気がして、自己陶酔にひたったりしたのだが、何のことはない、車椅子なので、自分の席に戻るのに時間がかかっただけのことだった、と後で気づいたのであった!

 こうして、徳見の小豆島「旅行」は終わった。帰りのフェリーは、みんなと一緒である。3日間の「合宿」で、顔なじみになった人たちと交流をしながら、四国の高松港でそれぞれの方向に別れて行く。
 
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